話してる間も私の手を引いて出口へと進んでく結城歩。
半ば引きずられるように連れてかれる私にマサは苦笑しながら手を挙げてヒラヒラと見せた。
それに答えるように手を振り返してそのまま美容室を後にした。
美容室を出ても止まることなく進んでく結城歩。
「ちょっと止まって。どこに向かってるの?
…ちょっと!聞こえてるの?
結城さんっ!!」
ようやく止まったかと思ったら、手を離してくるっと振り返り、私を不機嫌そうに見下ろしてくる。
もうっ何なの?
さっきまであんな無邪気に笑ってたと思ったらいきなり不機嫌になったり。
訳がわからないわ。
「とりあえず…洋服代。いくらなの?」
鞄から財布を取り出そうとした私を止める手。
『お金は要りません。
俺が勝手に買ってきたんだし。
それより、名前。』
そこで話を途切らせて黙ってしまった。
名前?
小首を傾げて無言で続きを話すように促すと
小さくため息を吐いて話を続けた。
『どうして俺は結城さんで、アイツは名前で呼ぶんですか?』
アイツって…誰?
誰の事を言っているのかわからなくてさらに首を傾げる私を見て声を荒げた。
『マサですよ!さっき会ったばかりなのに名前で呼ぶなんて…。』
「だって苗字知らないし。あなたがマサって呼んでるから同じように呼んだだけだけど。」
もしかして…ダメだった?
何勝手に馴れ馴れしく自分の友達の名前呼んでるんだ!って怒ってる!?
『渡した封筒の中にアイツの店の名刺入ってたでしょう?
見てなかったんですか?』
店の名前は覚えてるけど、行くつもりはなかったし、名前までは覚える気もなかったわ。
「ごめんなさい。確かに失礼よね。
会ったばかりの男の名前を呼ぶなんて。
しかもあなたのお友だちですもんね。気を悪くしたなら謝るわ。」
『別にそんな事で怒ってる訳じゃありませんよ。』
「じゃあ何故?」
名前で呼ぶのが失礼じゃないなら。
何故あなたはそんなに不機嫌なの?
問いかける私から気まずそうに目を逸らしてまた私の手をキュッと握った。
『何でもないです。今のは忘れて下さい。』
そう言って歩き出した結城歩に戸惑いながらついて歩いた。
忘れてくれって…
何だったの一体?
問い詰めたい気持ちはあったけれど
夜になってもまだ蒸し暑い中、繋いだ結城歩の手がヒンヤリと気持ち良かった事と
さっきよりもゆっくりと歩いて、時おり振り返って私を気遣ってくれるその仕草がなんだかくすぐったくて。
何も聞かずにこの心地よさを味わっていたくて
ずっと無言で結城歩の後ろをついて歩いていた。
翌日の金曜日
いつも通り早めに出勤して、いつものようにデスクを雑巾で簡単に拭いていく。
『おはようございます。』
拭き終わった頃に出勤してきた沢木さんのいつもよりトーンの低い声が聞こえてきた。
その声に反応した私は相田部長の席を拭きつつ顔をあげる。
ドサッ
沢木さんが持ってた鞄を落としたまま私を口を開けたまま凝視された。
『遠藤さんですか?』
何故疑問系?
「そうだけど?」
企画部にいる女性は沢木さんと私のふたりだけ。
他に誰がいるっていうの?
『だってその格好……』
頭のてっぺんから足先まで何度も目を往復して見てくるから思わず髪に手をやって聞いてしまった。
「やっぱり変かしら?
似合ってない?」
『ーッ!!』
クルリと方向転換してまた企画部を出て行こうとする。
そんな時に出勤してきた相田部長。
『うわっ!?どうしたの沢木さん?』
出て行こうとする沢木さんとぶつかりそうになった相田部長が咄嗟に避けながら問いかけ、そして中にいる私をみた。
『…遠藤さん?』
やっぱり疑問系で聞かれて落胆してしまった。
「おはようございます。」
昨日結城歩は似合うなんて言ったけれど、それじゃあこの二人の反応は何?
私を見てどうしちゃったの?的な目で見られてるわよ!?
『おはよう…。驚いたよ。随分と様子が違うから。』
「すみません。」
変なものを見せてしまったようで気分を害したのなら謝るべきよね。
そう思いながら雑巾を手にしたままだったことに気付き給湯室に向かおうとした。
『何で謝るの?よく似合ってるじゃないか。
いきなりガラリと変わったから驚いて。』
「そうなんですか?てっきり似合ってないから二人ともそんな反応をしたのかと…」
『二人とも?』
側に立ちすくしたままの沢木さんを見て相田部長は問いかけた。
『沢木さんも驚いたの?』
『は、はい。』
『ははっ。僕と一緒だ。
でもよく似合ってるよね?』
同意を促す相田部長に曖昧に笑い、沢木さんはチラリと私を見た。
『わ、私ちょっと失礼します!』
そのままカツカツとヒール音を鳴らして出ていってしまった沢木さんを相田部長は不思議そうに見ていた。
チラリと見られた時睨まれた様に思えたけど、気のせいかしら?
『それにしてもいきなりどうしたの?』
相田部長にまた声をかけられてまだ雑巾を持ったまま答えに困った。
無理矢理こんな格好にさせられました。
なんて言えるわけもないし、何て答えるべき?
「ええと…それは…。」
『お早うございまーす。
部長こんな所に突っ立ってどうしたんです…か…』
白岩チーフや他の同僚もやって来て、部長の視線の先にいる私を目で追い、
一様に皆驚いた顔をして見せた。
注目される形になって、その場に居ることがいたたまれずにそそくさと給湯室に逃げ込む。
同時に
『今のってまさか…
遠藤さんっ!?』
そのまさかよ。
何よみんなして。
そこまで驚かなくったっていいじゃない。
バケツの中で雑巾を洗いながら、ため息が自然とこぼれる。
これから同僚が出勤する度に何度も同じ様に驚かれるのかしらね…。
それを想像するだけで憂鬱な気分だわ。
嫌な予感って当たるものよね。
想像通り、私を見ては驚く同僚達。
驚くだけならまだ可愛い方。
『どうしちゃったんだ?』
『やっぱり昨日のさ…』
『結城と!?』
『だからいきなりあんなにイメチェンかよ。』
ヒソヒソ話してるつもりだろうけど…
全部聞こえてるわよ?
この場で立ち上がって
結城歩とは皆さんの想像してるような関係ではありません!
そう怒鳴ってやりたいっ!!
けれど
じゃあどういう関係だ?
そう尋ねられたら答えに困ってしまう。
だって
私の大切なしおりを盾に脅迫まがいに無理矢理髪型も服装も変えられた。
そう言って信じてくれる人ってどれ程いるかしら。
興味本意で私を変えただけ。
……そんなの誰も信じてくれないわよね。
大体そんな事して結城歩になんのメリットもない
そう一笑されておしまい。
そうなるに違いないわ。
『遠藤さん?』
頭を抱え込んでた私に声がかかって慌てて顔をあげる。
「はいっ。」
『どうしたの?具合でも悪い?』
「い、いえ!!それより何か?」
『いや、企画書のコピー頼もうかと思ったんだけど、具合悪いなら自分でやるからいいよ。』
白岩チーフが心配そうに私を見ていた事に驚いてしまった。
だって、私が偏頭痛で真っ青になってたってお構い無しに、
容赦なく地下の寒い資料室に使いたい書類探して来いって言うような上司よ?
ついでに資料室の整理までさせるような人なのよ?
たかだか考え事してた位で頼もうとしてた仕事を自分でやるなんて、雨でも降るんじゃないかしら。
「あの、平気ですから。
何部コピーすればいいですか?」