手にムースをつけながら私の髪につけて





『縛りクセついてるからさ、何もつけないと毛先跳ねて酷くなるから。

サイドの髪はこうやってムースで後ろに流してやって。』





説明しながら最後のセットを終わらせてエプロンを外してくれた。





『どう?悪くないだろ?』





「………ええ。」





同意するのは癪だったけど。
こざっぱりとしたその髪型は、思いの外嫌いな髪型ではなかった。






今時のクルクルした巻き髪なんかにされたり、
セットが大変な切り方されたらどうしようかと思ったけれど。





この髪型ならそんなに苦にならなさそうだわ。





1本に縛るのとそう大差ないんじゃない?





そう思いながら席を立って鞄から財布を出した。





『金はいいよ。歩から貰うことになってるから。』





「それじゃあ私が結城歩に借りが出来るから困るのよ。」





『結城歩って…フルネーム呼びするなんておたくらどんな関係?』





しまった。つい。





『単なる会社の同僚よ。

それよりあなたこそ彼とはどんな関係なの?お友達か何か?』





『高校の同級生。

しかし、会社の同僚か。

あいつが俺のところに女連れてくるなんて初めてだからさ、てっきり彼女かなにかだと思った。』





「ばっ…!バカな事言わないでよ!!」





財布から1万円取り出して無理矢理押し付けて出口へと向かった。





彼女とかって…あり得ないわ!

冗談じゃないわよ!!






『ちょっと待てよ。金は要らねーって。

それに歩戻ってくるまで待ってなくていいのかよ!?』





慌てて引き留めようとする美容師の言葉に立ち止まって考えた。





「1時間で戻るとは言ってたけど、私待っててとは一言も言われてないから。」




言われてないなら帰っても文句は言えないでしょう?



言われた通り髪も切ったし。




結城歩が戻ってくる前に、顔を合わせずに帰りたいのよ。





髪を切ってちょっと良かった。
なんて思ってる事見透かされたくないんだもの。






そしてまた出口目指して歩き出そうと振り返った。







「あ…。」





『歩。どうだ?彼女良くなっただろ』






……まだ1時間経ってないのにどうして戻ってくるのよ。






帰ろうとした私より一足早く、結城歩が店に戻って来てしまった。





こんな事なら美容師と結城歩の関係なんて聞かずにとっとと帰っとけば良かったわ……






『…どこに行くんです?

まさか俺が戻る前に帰るつもりだったんですか?』





そのまさかですが?



なんて言おうものなら何をされるかわからない雰囲気を漂わせてるわ。







観念した私をジッと見て、


くしゃっと、




思いきり笑って見せた。








いつものすました笑顔や
不敵な笑みとも違う。








初めて見せた少年のような笑顔に




一瞬





本当に一瞬だけ…



その笑顔から目が離せなくなってしまった。





『思った通りだ。

よく似合ってます!』





自分の事のように嬉しそうに言うから






「あ、ありがとう」






ついお礼を言ってしまう。





嫌々連れてこられた筈なのに。

切ったのも結城歩ではないのに。





何誉められて素直にお礼言っちゃってるの?





あんな笑顔見せられると調子狂っちゃうわ。


『じゃあ次はコレに着替えて下さい。』




ズイッと紙袋を目の前に差し出して、私の後ろにたっていた美容師に声をかける。





『マサ、着付けで使う部屋借りるから。』






『あ?なんでだよ。』





『着替えるからに決まってるだろ。

由宇さんそれに着替えて下さい。』






それって……コレ?





紙袋の中を開いて見てみると、洋服が入ってた。






「え?なんで??」





『いいから早く。
それともここで俺に脱がされたいんですか?』





そう言って笑う結城歩はさっきまでの無邪気な笑顔はどこかへ消えて去ってて

ニヤリと不敵な笑みを浮かべて一歩私に近寄って来た。



「じ、自分で着替えるわよっ!!」





後ずさって言った私に満足そうに笑って見せた。





悔しい…




お礼なんて言うんじゃなかったわっ!!





渋々マサと呼ばれた美容師に付いていき小さな鏡のついた部屋に通される。





パタンとドアを閉められて、靴を脱いで畳の上に上がる。





メガネ、髪型だけでなくて服装までも。




普通そこまで全てを変えようとする!?





ブツブツと文句を言いながら、紙袋から洋服を取り出した。





「……コレに着替えなくちゃいけないの?」




渡された紙袋の中には


深めに開いたUネックの白いキャミソール付きのTシャツとストール。

それに黒のセミワイドパンツが入ってた。



派手ではない色にホッとしたのも束の間で。




まずは上からと来ていたカーディガンとブラウスを脱いで

袖を通そうとした瞬間に気づく。




コレ…キツそうなんだけど…着れるかしら……



感じたことのないキツい感触に頭を通すことを躊躇してしまう。




着替えないで出ていったら


間違いなく脱がされちゃうわよね…




もうっ延びても知らないわよ!?





そう思いながら勢いよく頭を通すと、デザインのお陰か、すんなりと通った。





けれど…





袖はピタピタして短くてちょっと腕をあげると脇が見えそうだし。




何より…胸。
胸もピッタリ貼りつくようなキツさ



屈めば見えそうな位開いてる胸元。




こんなピタピタして薄いシャツなんて着たことなくて、どうにも窮屈に感じてしまう。




とりあえず今まで着ていたカーディガン羽織っておきましょ。





そうして次に下を履き替える。




「何コレ。股上が浅い。」




どんなに上に上げようとしても骨盤の少し上の部分以上にはどうやってもあがらない。





途方にくれながらチャックをあげて一緒に入ってた太いベルト身に付けた。





お、落ち着かない。



上は窮屈に感じるし、
下はなんだか半分脱げてるように感じるし……





とにかく落ち着かないわよこんな格好っ!!



コンコン…





オロオロする私の耳にドアをノックする音が聞こえる。





『着替え終わりました?』





終わってはいるけど、
けどっ!!






こんな格好見せられない!!






『返事がないようなので開けますよ。』





「え!?ちょっと待っ…」




言い終わらない内に開く扉。





とっさに背中を向けては見たけれど。




部屋の壁一面が鏡に鳴ってる為鏡越しに結城歩と目が合ってしまう。





「まだ着替えてたらどうするのよ!いきなり開けないで!」





『いきなり、じゃないでしょう?俺入りますよって声かけたじゃないですか。』





私はそれにちょっと待ってと言いかけてたわよ?

聞き終わらない内に開けときながら何故そんなに偉そうなの?





ムッとした顔をする私につられてなのか、結城歩の顔もムッとしたものになる。




『…脱いでください。』





は?






「言われた通り着替えたのに今度は脱げですって?

あなたね…っ!!」


『そのカーディガン脱いでもらえます?

ストールも付いてたハズですよ?カーディガンではなくてストールに変えてください。』






…脱げって言うのはカーディガンの事ね。



昨日から思っていたけれど…




「あなた、目的語がないから言ってること理解するの難しいわ。」





それで営業務まってるの?




『…以後気を付けますから早く。』





ちょっとだけふて腐れた顔を見せた気がするけれど、
それも一瞬の事ですぐに命令口調になる。






脱げばいいんでしょう?
脱げばっ!!




半ばやけくそになりながら羽織っていたカーディガンを脱いで

代わりにストールを首から巻いた時、結城歩の後ろからマサが顔を覗かせた。