『それは、ですね…

何となく?


ほら、普通のしおりより細いし、不自然に葉っぱが端に寄ってたから。


…だからもしかしたら半分にしたのかなって…。』





それまでは普通に話してたのに、急に歯切れの悪い口調が気にかかって首を傾げた。





『そんな事よりもう遅いですし、帰りませんか?』





そう言ってエレベーター前に歩いて行きボタンを押した。





すぐに来たエレベーターに乗り1階を押す。





「………」
『………』





無言のエレベーター内少しの気まずさを感じてた時、




『あのさ…』



チンっ






結城歩が何か言いかけたのと、エレベーターが1階に到着する前に開いたのはほぼ同時の事で。





まだ残ってる人がいたの?と驚いたのも一瞬の事で、




開いたドアの先に立ってる人物を確認して更に驚いてしまった。



『あれ?僕が最後だと思ってたのに。

遠藤さん、結構前に帰ったんじゃなかったのかい?』




「相田部長。お、遅くまでお疲れさまです!

ちょっと探し物をしに戻って来まして……」





さっきデスクにしおりを探しに行った時、企画部には誰も残ってなかったわよね?





ああ、でも私が行った時、誰もいなかったのに企画部内はまだ灯りがついていたわ。





相田部長は席を外してただけで今まで残って仕事をしていたのね。





『探し物って…もしかして、メガネ?

まだ見つからないの?』





エレベーターに乗り込んで、私をまじまじと見て言う。





へ?メガネ??





言われて顔に手をあてて、メガネをかけ忘れて来てた事に気づいた。





慌ててたから、メガネの存在なんてすっかり忘れてたわ!!



「い、いえ!メガネは自宅にあります。

ちゃんと探し物は見つかりましたから!!」





さすがにメガネ忘れた位で夜に取りになんて戻らないわ。




だってそんなに度も入ってないし、かけてなくても生活に支障はないもの。




裸眼でパソコンと向かい合うと肩が凝るからかけてるようなものだから。





『メガネなしの遠藤さん、初めてみたな〜。

その方が僕は良いと思うよ。』





ドキンっと心臓が跳ね上がるのがわかった。





チンっと1階に辿り着くエレベーター。





『それじゃお疲れ様。』




「お疲れ様でした!」





エレベーターを降りて歩き去る相田部長の背中に魅入ってると





『俺もメガネ無しの遠藤さんが良いと思いますよ。』





声をかけられるまで結城歩の存在、…忘れてたわ。




私の顔を覗き込むように見てきた結城歩。




『…なんか、違いますよね。』





違うって何が?





目的語がないから話が見えなくて小首を傾げると





『遠藤さんの、部長への態度。明らかに俺とは違いますよ。』





「んなっ!?そ、それはっ!!」





突然言われた言葉に動揺してしまって、言葉を失ってしまった。





これがいけなかったんだ。





焦る私を見てそのまま腕を引っ張り柱の影に連れてかれた。





柱に押し付けられて両手で囲いを作られて、不敵な笑みを浮かべてくる。




な、なななな何!?この状況は何なのっ!!?




『遠藤さん、部長の事好きなんですか?』





「べ、別に?何を言うのかと思ったら…」





好き、とかそんな可愛らしい感情なんかじゃないわ。




いち上司として憧れてるだけ。
そうよ。それだけよ……






『部長にメガネかけてない方が良いって言われて、真っ赤になってたのは何故です?』





「嘘でも誉められたら普通は喜ぶでしょう?」





『俺が同じように誉めた時は赤くもならなければ、嬉しそうでもなかったですけど?』





「〜っ!気のせいよ!
それよりそこ避けてくれる?」





柱についてる手を避けようと押したけれど、びくともしない。





「何なのよっ!!」





避けてくれない事に苛ついて睨みあげた。





その時の結城歩の表情は、苦しそうに歪めた表情で


どうしてそんな表情をしてるのかわからない私は呆然と見てるだけになってしまう。





『……協力してあげましょうか?』





「は?協力って一体?」





また目的語が無いから言ってることがわからない。




私の理解力に問題があるのかしら。






『部長との仲取り持ってあげましょうか?』





その言葉を聞いて固まってしまった。





えーと……?




「あなた私の話聞いてた?」




好きなのか聞かれて私はそれを否定したわよね?





『聞きましたけど、本心じゃないでしょう?』





…どうやら理解力に問題があるのは私の方ではなかったようね。





「それはあなたの勘違いね。
仮にもしそうだったとしてもあなたに関係ないわ。」




呆れた様に言って見せた私を見て、今もまだ不敵な笑みを浮かべてさらに顔を近づけてきた。





『……こうしてよく見てみると結構綺麗な顔なんですね。
なんでメガネで隠すんです?もったいないなぁ。』





「それこそもっとあなたに関係ない事よ。」





至近距離で話しかけて来ることに内心焦ってはいたけれど、

それを悟られないように努めて冷静に言葉を返す。





『いい話だとは思わないんですか?

相田部長って営業部の女の子達からも人気あるんですよ。

その人を自分のものにできる手助けをするって言ってあげてるのに。』





「大きなお世話。大体そんな事してあなたに何のメリットが?

私、仕事以外で他人に何か助けてもらおうなんて思ってないの。」




後で見返り要求されても困るし。
何を考えてるのかわからない相手ならなおさらよ。





『確かにメリットはないですね。
でも面白そうだからかな。
遠藤さんが相田部長をものにする所見たいっていう興味心ですよ。』





「ーっ!!冗談じゃないわっ!!

そんなのその営業部の女の子に協力してあげなさいよ!!」





ふざけないで欲しいわね。暇潰しに使われるなんて真っ平ごめんだわ!





噛みつくように叫んだ私に驚いたのか、囲っていた手が離れた。





その隙に思いきり押してそのまま走って出口へと向かう。





『遠藤さんっ!!』





後ろから呼ぶ声が聞こえたけれど、振り返る事はしなかった。



家に帰る途中捕まえたタクシーの中で泣きそうになった。





手の中に持ってたはずのしおりがない。





大切なもののくせにどうして気づかなかったの?



本気で自己嫌悪。





何しに会社まで行ったのよ私……。






きっとまた






結城歩が拾って持っているんだろうと思うと余計に泣きたい気持ちになった。





もう関わりたくないのに、会わなくちゃいけない理由を作ってしまった。





何事もなく返してくれるといいんだけど。