『わかりました…もう由宇さんには関わりません。』
自分から突き放したのに言葉にされると辛い。
『…沢木さんの事はちゃんと見張ってますから安心して下さい。』
どこか悲しそうな表情でポツポツと話す姿に、もっと苦しくなってしまう。
ラクになりたくて言ったのに。
言った言葉を取り消してしまいたくなってしまうわ。
でも…それじゃいけないのよ。
「沢木さんとは今日会ってくれればそれでいいの。
沢木さんの謝りたいって気持ちをどうかわかってあげてよ?
その後、どうするかは二人の問題だから私は何も言わないわ。」
言った言葉は戻せないんだから、このまま進むしかない。
『わかってます。
由宇さん…部長にプロポーズされて…幸せ?
部長と結婚することが…由宇さんの幸せ…なんですよね?』
「ーっ!!」
一瞬答えにつまってしまう。
『由宇さんが幸せになれるんだったら、本当に俺がいて幸せになれないと言うなら、
…もう干渉しません。
でもっ。もし…』
「プロポーズされて喜ばない人なんていないんじゃないの?」
真っ直ぐに顔なんて見れない。
だけど…ここで揺らいで…まだこんな関係を続ける訳には、いかないの。
相田部長にプロポーズされてもまだ側にいるなんて、出来ない。
ううん。自分の気持ちに気づいてしまった以上側にいられないわ。
「…プロポーズの事は今はまだ誰にも言わないで。新プロジェクトで企画部も…相田部長も大変な時期だから。」
『プロジェクトが成功したら…公表するんですね?』
「それを決めるのは私じゃないわ。
…最後に色々と無理言ってごめんなさいね。」
あなたの好奇心に最後まで付き合ってあげられなくてごめんなさい。
最後に大きなウソをついて…ごめんなさい。
『最初に無理言ったのは俺の方です。
しおりも今は手元に無いから無理だけど…ちゃんと…返します。』
「手元にないなら要らないわ。
あなたが幸せになれるように持っていて?
私…あなたにこうして変えてもらった事嫌じゃなくなってたから。
あなたにとったらたいしたものではないかもしれないけど…せめてものお礼として受け取って。」
『…そうですか。』
俯いた結城歩は…少しして顔を上げ、手を私の前に差し出してきた。
『今まで俺のワガママに付き合ってくれてありがとうございました。』
その手にそっと自分の手を重ねて握手をする。
「私こそ、ありがとう。」
私より低い体温の冷たいこの手。
ずっと忘れない。
屋上から降りてそのままトイレへと向かう。
『遠藤さんっ。』
トイレで化粧ポーチと携帯を握りしめた沢木さんと会った。
すっかり忘れてたわ。
「連絡できなくてごめんなさい。結城さんに連絡してみたんだけど、今忙しいみたいで。」
言ってる間にも曇ってく表情。
「でも、仕事終わってからなら大丈夫って。沢木さん今日は予定とか空いてた?」
パァっと明るくなる表情に羨ましさを感じてしまう。
『空いてます!うそ〜っ!!今、会うより嬉しいです〜』
「多分仕事終わったら企画部に来ると思うから。」
そのままトイレの個室に入って逃げるように会話を終了させた。
これでいいのよ。
自分に言い聞かせて込み上げてくる切なさを噛み締めた。
トイレから出てデスクに戻る。
そこに会議を終えた相田部長や同僚たちが戻って来て少しざわくつオフィス内。
少し遅めのお昼に出るのかまた席を立とうとした相田部長に近づいて声をかけた。
「相田部長、お話があるので、後で時間とってもらえますか?」
周りが聞いても差し支えない言葉を選んで話す私に、相田部長は
『…わかった。昼出た後もまた会議だからその後にでも聞くよ。それでいいね?
それまで書庫の整理してもらっててもいい?
かなり時間かかるけど会議も時間かかると思うから。』
はい、と頷く私から目を逸らし白岩チーフと一緒に出ていった。
私が何を言おうとしてるのか気が付いて、居残ってても不自然じゃないように仕事を言い付けてくれたんだと理解した。
少しだけ、手をつけていた自分の仕事をキリのいい所まで終わらせて、相田部長に言いつけられた仕事をすると横山くんに一言告げる。
「急ぎの用事が出来たら呼んでください。」
それだけ言って書庫の鍵を鍵置き場にかかっているところから取って向かう。
書庫には窓がなくて電気をつけないと真っ暗な部屋だった。
時間のある時に整理して片付けようとして、それがされてない沢山のファイルの山。
少し埃臭い中でむせながら乱雑に置かれたファイルを手に取る。
こんな所社外の人に、監査とか入ったら見られたら管理面で引っ掛かるんじゃないのかしら?
軽く手で埃を払いながら、中を確認しつつ、一つずつ棚の中へとしまって行く。
中を確認しながら片付けていると、書類の検印欄に相田部長の名前をちらほら見かけて、胸が苦しくなった。
初めて会ったときから、他の人とは違って、優しかった。
暗いと言われてる私にも変わりなく接してくれた。
いつも断るとわかってても、飲み会があれば必ず声もかけてくれて。
誘われて苦痛と感じた事なんてなかった。
声をかけてくれる事が嬉しかったわ。
結局、私が参加して周りが盛り下がるかもしれないと思うと一度も行けなかった。
大忘年会すら欠席するような私を、相田部長はどこが良くて気にいってくれたのかしら。
仕事で迷惑だけはかけないようにと、文句も言わずに真面目にしていた所?
決して協調性のある部下ではなかったのに。
バタンッ
物思いに耽っていた時に突然ドアが激しく閉まる音がした。
驚いて見てみると、焦った顔した白岩チーフ。
「ど、どうしたんですか?」
会議はもう終わったの?
それとも何かあった?
『結城が沢木さんを迎えにきて一緒に帰ったんだけど!どういう事?』
言われた言葉に少しの苛立ちと息苦しさを感じた。
もう定時を迎える時間になってたのね。
沢木さんを狙ってる白岩チーフの気持ちはわかる。
他の人と一緒にいる姿を見るなんて見たくないわよね。
私だって嫌だもの。
ここにいれば二人の姿を見なくて済むと少し安心していたのに。
こうして聞かされるなんて思ってもなかったわ。
「さあ?私に聞かれても。」
素知らぬフリして片付けをしながら冷たく言う。
『だって結城は遠藤さんを狙ってたんじゃないの?』
「…前にも仰ったように、私と結城さんは白岩チーフが考えてるような関係ではありません。
なので私に尋ねられても知らないとしか言えませんから。」
沢木さんに頼まれて、結城歩に話をするようにとお願いしたのは私。
けれどそれを白岩チーフに馬鹿正直に話す気にはなれなかった。
言ったら何故そんな事したのかと詰問されかねない。
何か言いたそうな白岩チーフを無視して最後のファイルに手をかけた。