つまり、これは【事件】
島津さんの眼光には鋭利状の鋭さが備わっていた。
思わず目を逸らすも、俺は言った。
『ちょっと、ちょっと待って下さいよ島津さん。
全然状況が掴めないんすけど。何で事件になるんですか?』
『さっきも言った通り、単に捨て子ならばこう言った状況は作られない』
『こう言った状況って?』
『捨てられた子供に何者かが接触、意味深な手紙を残して去るという現実よ』
『・・・まぁ、確かに』
何の反論も出来ずに項垂れた。
この時に、脳裏へ過去の記憶がチラチラと浮かび始めた。
そういえば俺が沙梨と初めて会った時もこんな紙切れを持ってた・・・
記憶を遡る。
【あなたにとって愛とは何ですか?】
とかなんとか意味深な言葉の羅列。
この一枚目の手紙の存在を俺はまだ島津さんに話していなかった。
確実に解決に近付く物的証拠には間違いない。
言葉にしようとした時・・・俺は違和感を覚える。
俺は額の部分を両拳に乗せ、考えていた。
『島津さん・・・一体貴方は何を?』
『!』
明らかに見て取れた動揺の色。俺が言葉にする前に、島津さんの表情は曇り切っていた。
『そいつと沙梨の一部始終を見ていたんですよね?
顔とか、てか、追い掛けなかったんですか!?』
『ごめんなさい。その事を言われると何も言えないわ。
正直、私はその男よりも、接触された沙梨ちゃんが心配になってしまい、
去っていった男ではなく、沙梨ちゃんの方へ向かってしまったの。
これは完全に私の失態です。ごめんなさい』
確かに失態だ。しかし・・・
『・・・そいつは、【男】なんですね?』
『えぇ、キャップとマスクをしていたけれど、間違いないわ』
『・・・沙梨の親父という可能性は?』
島津さんは首を振る。
『分からない』
『・・・じゃあ、なぜ、なぜこの手紙を俺に?俺も容疑者だと』
『打つ手がなかったのです。この家の住人を容疑者として見ると四方八方、
手足が出なくなってしまうから。信じるしかなかった』
『・・・なるほど。もう一つ聞きたいんですけど』
『どうぞ』
『警察としてはこう言った場合、こういう一般家庭より、施設に入れる事を優先するんですか?』
『状況によるわ。今回は施設行きはありえない』
『・・・なぜ?』
『沙梨ちゃんに危険が生じる事が分かっていても出来ません。
何故なら、施設に入れてしまうと、この手紙を残していった者と接触が出来なくなってしまうから』
確かに、と俺は思った。
前のめりになっていた体を崩し、小さく息を吐いた。
何にせよ、これで事は動き始めたというわけだ。【事件】として。
沙梨の手に握られた二枚の手紙。
一人の男。
段々と真実に迫っていける。
その時はそう思い込んでいた。
ブゥン!と、エンジン音が庭から聞こえた。
親父の車が庭に入ってきたのだ。
『あの、この事は拓也君だけに知ってほしかった事なの。
必要以上にこの情報を知られたくない』
『・・・てことは、深雪にも俺の両親にも話すなと?』
『協力お願い出来るかしら?』
『・・・協力するしかないでしょう。
島津さんがそう言うならばそうするまでです』
やがて、深雪、両親、沙梨が居間にやってきて、島津さんとの会話に入った。沙梨は相変わらず能天気な顔をして、外の蝶と部屋から睨めっこをしている。俺は島津さんに頭を下げた後、一人部屋に戻りベットに倒れ込んだ。
・・・現在の医学では・・・回復は無理・・・?
一体何の話だ?瞬時に気付く。今日、沙梨の健康状態を見る為に、
病院へ診せに行っていたのだから・・・。

深雪が部屋に入ってきた。
『・・・診察はどうだった?』
一人気になっていた事を、ストレートに聞いた。
『特に何も』
『・・・何も?』
俺はベットから起き上がり、煙草に火を点けた。
『何でもないって。至って健康・・・そう言われた』
『・・・そっか』
脳裏に過る。
【現在ノ医学デワ回復ハ無】
今の医学の力では沙梨の病気は治せない・・・否、無だから発見もされない。
まさかな、と小さく首を振った。
しかし、この他に思い当たる事がなかった。相談しようにも、島津さんにしか言えない。
ブゥゥ、ブゥゥと振動を立てて俺の携帯が鳴った。
深雪がさり気なく受信名を見た。
『誰?』
『あ、久々じゃない?慎吾君だよ』
『へぇ、本当久々な奴からの連絡だな』
『結婚してるのかな?』
『いや、あいつはしてないと思う。ほら、二年位前に一緒に飲んだの覚えてるだろ?あの時、深雪の友達に振られて以来、女恐怖症になってるんだとさ』
『何それ?マジで言ってんの?』
けらけらと二人で笑った。
慎吾は、俺の働く会社の目の前に家がある友人の事だ。
高校で知り合った仲だから、かれこれ長い付き合いになる。
俺は受信メールを開く。
【もぉ、むっちゃ久しぶり!もぉ、社会人なんて嫌い!~以下省略~】
こいつのメールはとにかく無駄が多く、本題に入る前に読み疲れてくるのだ。やがて本題に・・・
【拓さ!あのさ!てかさ!つうかさ!女紹介して!】
ん?ここも無駄な部分か?と、スクロールさせるが、どうやらこれが本題らしい。
『女紹介してだと』
『女恐怖症なのに?』
『克服したのかな』
『そんな簡単に?』
『結構単細胞だからな』
『拓に言われちゃ相当だね』
『どういう意味だよ?』
深雪の頬をつねる。
『てか、女恐怖症とか上辺だけで、遊んでそう』
『結構慎吾に対しては毒吐くね?』
『そうかな?』
『あいつもそれなりに色んな修羅場みたいなの潜ってるんだよ』
『そうなの?そんな事があったの?』
『話せば長くなるけどね』
『聞きたいな!話してよ?』
『えぇ・・・めんどいな』
とかなんとかで、結局慎吾の修羅場を話す事になった。
沙梨との関係は一つもないただの無駄話。
『あの時は二人ともだいぶ酔ってたからなぁ。俺も話の虚ろ虚ろしか覚えてないけど、酔いながらあいつは自分の修羅場を話してたよ』
俺は煙草を灰皿に押しつけて、ベットに寄り掛かった状態で話し出した。