沙梨との奇妙な生活が始まりちょうど一ヵ月が過ぎた。
段々と穏やかな天候が続く季節。
春の風。風に乗せられ、桜の華が吹雪模様と化し、家を桜色に染めた。
頭を掻きむしれど、どうにか一ヵ月間育ててきた・・・という実感を噛み締めていた。
婦警の島津さんも三日に一度のペースで家に来ては、
捜索の現状を伝えにきていた。
しかし、これといって沙梨の両親に繋がるような情報は得られないでいた。
『御免下さい』
『・・・』
島津さんの声。
『・・・あ』そうだ。
今日は沙梨を病院に連れていってしまい、家には俺しかいないんだ。
慌てて玄関へ向かう。
『あ、ども』
『どうも。あれ、沙梨ちゃんは?』
『いや、今日は病院に連れてってるんっすよ。俺以外全員で。ほら、この前話した事で』
『病の疑いで?なるほど。上がっても?』
『え・・・あ、どうぞどうぞ』
つい、目を丸くさせてしまった。
おかしい・・・。
いつもは玄関先で捜索の現状を伝えてくるだけなのに。
島津さんを居間に通し、俺は慌ててコーヒーを煎れた。
『どうぞ』
コーヒーをテーブルの上に置いた。
『あ、すみません』
『珍しいっすね』
『え?』
『いや、いつもはほら、玄関先で話すだけじゃないっすか』
『あ、そうですね。いや、今回に限っては少し長くなりそうなので』
『!・・・何か、沙梨の両親に関する情報が?』
『それは分からない。両親に繋がる情報とは決め付けられないの』
『え?どういうことですか?』
『三日前の事だったのですが・・・』そこで島津さんは言葉を切った。
俺は正座の状態で、若干前のめりになりながら言葉の続きを待った。
『まずは・・・これを』
言葉を期待していただけに、若干前方によろけてしまった。
スッとテーブルに差し出されたのは、一枚の封筒だった。
『・・・何すかこれ?開けても?』
『えぇ』
封筒の封を切り、中に入っていた一枚の紙切れを取り出した。二つに折れていた紙を捲ると・・・
【現在ノ医学デワ回復ハ無】と、書かれていた。
『・・・え?現在の医学では回復は無?何すかこれ?』
『いい?落ち着いて聞いてほしいの』と、島津さんの表情が神妙になった。
『今、この家には、あなた、深雪さん、あなたの両親、この四人に、沙梨ちゃんを含めて五人よね?』
『え、あと猫のモモ』
『ふざけないで』
『いえ・・・すみません』
真面目に答えたつもりだった。少し唇を尖らせた俺に対し島津さんは続ける。
『沙梨ちゃんを除く四人。この四人が沙梨ちゃんから目を離す隙があった』
『・・・そりゃ、二十四時間監視は不可能でしょ』
『その隙をついて、何者かが沙梨ちゃんに接触したの』
『!嘘だ・・・』
接触?いつ?まるで心当たりがなかった。
『え?冗談っすよね?そいつはこの家に入ってきたと?』
『いえ、沙梨ちゃんが外で遊んでいる時、深雪さんがベンチに座り様子を見ていたんだと思う。私は覆面車でこの家に向かっている最中だった。到着間際に他の警官から異なる事件の連絡が入り、車を一時停止させたの。あの辺あたりね』
そう言いながら島津さんは窓から見える外側の世界に向けて指を差した。
『連絡を受けながら私は・・・自分の目を疑ったわ』
島津さんの話によると、深雪がベンチから離れ、一瞬だけ家の中に入っていったらしい。その隙に、この封筒を沙梨の手に握らせた者を目撃したと。
『・・・んん・・・じゃ、なぜその封筒をあなたが?』
『三日に一度訪れている私ですから。沙梨ちゃんに接触しても警戒される様子はなかった。そして、沙梨ちゃんから直接預かったの』
『なぜ、なぜすぐにその事を教えてくれなかったんですか!?』
『ごめんなさい。今回の捜索願いは、恐らく【事件】になる。そして、第一発見者である拓也君、及びその家族もこの事件の【容疑者】として』
『はぁあ!?』
バン!と、勢いよくテーブルに手の平を叩きつけ、俺は島津さんを睨んだ。
『いや、ぜんっぜん意味わかんねぇっす!どういう事か説明して下さい』
『これは単純に、【捨てられた子供の両親を探す】の、枠を越えてしまっている。つまり、【事件】なのよ』