俺は何でも破壊する機械。
女、子供容赦なく叩き壊してやる。
昔、夢見た自分の理想像。人とは異なる・・・異端的で俺には涙なんて流れていない。
冷血に笑いながら日々を過ごしてやろうと思っていた。
しかし、必要以上に日々はトラブる。
泣きたい位に、思うように過ごせない日々。
何が言いたいかって、当時夢見た理想像は単なる理想像に過ぎないって事。
今の俺は弱い人間だ。
酷く脆弱であり、深刻なほど臆病だ。
深雪が傷つけば俺は平常心を保てない。
虫一匹、無感情で殺せない体になってしまった。
そして、追い討ちをかけるかのように、沙梨が俺の前に現れた。
沙梨は俺を更に駄目にした。
理想像とは反対の位置へ促した。
人は、俺が考えていた理想像とは逆の位置に行けば行くほど、正しいという。
まぁ、もうこんな話は止めよう。
早い話が、俺は弱くも正しい人間になったということ。
それだけの話。
小さな手が俺の視界に入った。
けれど俺は、【まさか】それが人の手だとは思わなかった。
何せ、人の肌とは思えない色をしていたから。
初見は撥ねられた猫にさえ見えた。
しかし、俺は車のドアを開けて走り出していた。
今は何一つ見逃したくなかった。
怪しく感じたものは全て調べたかった。
これが、二千翔と俺達の出会いだった。
十二月十九日。陽が照るPM四時前の出来事だった。

胸から込み上げていたあの鼓動を、忘れる日は決してこない。
吐き気、眩暈、意識が朦朧とする。
『嫌ぁ!』
深雪の叫びで俺は気絶こそ免れたが・・・あまりにも惨い・・・
【それ】は、もはや人ではなかった。
どす黒く焼け付いた肌。
ケロイドを通り越した外傷。
倒れていた【それ】が、人の子・・・女の子だと気付き、
そして沙梨でもないと判断は出来た。
それでも俺の鼓動は押し上げてくる。
単純な話だった。倒れていた女の子が、行方不明の我が子ではないと判断しつつも、
こんな感情になるのは単に・・・惨いから。
同じ人間として、変わり果てた姿で倒れている女の子を・・・
どうしても同じ種と思えないで居る自分が確実にそこに居た。
深雪もどうしていいのか分からずあたふたしている。
俺は今だ目の前に広がる光景が信じられないでいた。
『もう、これは・・・手遅れだろ』
人の死体を目の前にする自分自身。
何これは?本当に現実なのか?こんなのありかよ?
周辺に漂う気温がやや低下した気がする。
二人の生気までも奪われてしまいそうだ。
『・・・遠山さんが言っていた子だよね?』
『多分・・・そうだろ。この陽射しを浴びて全身火傷状態に』
俺は恐る恐る手を出した。
うつ伏せになっている・・・二千翔。
小さな顔をそっと撫でた。肌に凹凸。完全に固まっている。
赤く爛(ただ)れ、若干血が滲んでいた。
しかし・・・生き絶えてからそんなに経ってないのだろうか?
体には熱が残っていた。
『・・・まさか』俺は細い首元に指を重ねた。
『・・・深雪。救急車だ』『え?』『この子は・・・二千翔は生きてる!』
脈を打つ二千翔の体。外傷的に完全に手遅れと思われたが、まだ脈を打っていた。
『生きてる!』俺は思わず二千翔の体を抱き寄せ、持ち上げた。
『おい!しっかりしろよ!』俺が大声で叫ぶと、二千翔の目がゆっくりと開いた。
重度のケロイド化が進んでいた為、目蓋同士がくっついていた。
『深雪!救急車だ!まだこいつ生きてる!』
深雪が慌てて携帯を取り出し、連絡を取り始めた。
いくら冬とはいえ、いくら夕方とはいえ、恐らく駄目なのだろう。
XP患者にとって今のこの弱い陽射しでさえ致命傷になるんだ。
辺りを見渡す。近くに公園のベンチ。そこには屋根が付いていた。
慌てて二千翔を屋根の下へ運んだ。
『おい!平気なのか!?俺の声、聞こえるのか!?』
俺の叫び声に対し二千翔が反応。
俺の人差し指を握り締めてきた。
『拓!救急車呼んだよ!二千翔ちゃんは平気!?』
『分からない!けど、意識はある!火傷が酷い!』
『診せて!』
俺は、もう何が何だか分からなくて。
ただただ気が動転し、辺りをキョロキョロと見渡していた。
昔の理想像はここには居ない。
ここには・・・必要ない!
助けたい!この子を助けたい!

救急車がこない。多分、実際にはまだそんな時間が経ってないんだ。
けれど、このままじゃ・・・
『このままじゃ間に合わない!応急措置だけでもしないと!』
『そんなこと言ったって、俺等ど素人に何が出来るよ!?』
『考えるのよ!何かやらないと助からない!』
『・・・水か?濡れた布か何かに水を』
『車の中に私のタオルがある!水は公園の水道を使って!』
直ぐ様俺は走り出した。何回呼吸したかなんて到底数えきれない。
何回脈を打ったかなんて数えきれない程に。
『拓!早くして!』
俺は精一杯走った。水分を十分に吸い込んだタオルを持って、精一杯走った。
死ぬな!
『深雪ここじゃ駄目だ!車に乗せよう!』
完全に陽射しを浴びない場所を考えて出した結論だった。
運良くも、俺の思考回路は正しい医療知識を生み出していた。
二人の鼓動は限界を越えていた。
何でもいい・・・死ぬな・・・。
『・・・拓ちゃん』
俺は慌てていてその声に気付かなかった。
だが、その時あり得ない事が起きていた。
これは後から深雪から聞いた話だが、二千翔が一言だけ俺に向けて言葉を発したと言うのだ。
そのたった一言を深雪は聞き逃さなかった。
パニくってる俺の方を向いて、一言だけ・・・。
あり得なかった。
俺と二千翔はこの時が初対面。
俺は遠山さんからこの子の名前は聞いていたけれど。
どう考えたって、この子が俺の名前を知っているわけがないのだ。
それでも確かに言ったそうだ。
拓ちゃん・・・と。
深雪がタオルを持ってくる俺に、『拓!』と、叫んだ時?
深雪曰く、そういった感じは一切なく、俺の顔を見て知っているかのように言ったそうだ。
何故俺の名前を・・・?
ただその時俺は気付いていない。
目の前で息絶えようとしている二千翔を生かす事だけを考えていた。
前に誰かに言われた言葉・・・運命は結局は繋がっていて、振りほどく事は不可能なんだと。
別に、今までの過去を捨てようとは思わないけど、問題は今からなんだろう。
この先、二千翔がこのまま死んでしまう運命が決まっているのならば・・・
無理矢理にでも道を背いてやろう。
今はただ、焦るばかり。運命なんかに踊らされるなんてうんざりなんだ。
『生きろ!』