沙梨は元気にしてますか?
この質問をしていなかったら、俺達の運命はここで凍結したであろう。
運命の歯車が、再び回り始めたのだ。
十二月十九日。PM三時二十分。
俺の質問に返ってきた返答は・・・
沙梨が施設を抜け出している。
しかも、数日も前に・・・
『拓・・・』
深雪が思わず泣き崩れた。
俺はそんな深雪に何もしてやれなかった。
言いようの無い歯痒さだけが、俺を襲う。
『!あ・・・お二人はもしかして』
遠山さんが一人で気付き、一人で勝手に深く相槌を打った。
どうやら、俺達の存在の事も施設には話が通っているらしい。
『それでは、勿論島津の事も・・・』
遠山さんの質問に驚いた。
『島津・・・島津は知っています。
むしろ遠山さんがなぜ島津の事を?』
『昨日、二千翔ちゃんが此処を抜け出す前にうちの施設に訪れたのです。
沙梨ちゃんの実の母親でしょう?
何でも、留置所から脱走しここまで来たみたいで』
『・・・あいつ、何考えてやがんだ』
同時に、大きなトピックだと思えた。
まず間違いなくTVで事件として放映されたはず。
しかし、事実知ったのは今なのだ。
運命が俺と深雪を弄ぶ。
『・・・』
一人、ぶつけようのない怒りが芽生えた。
噴霧された目に見えない事実に溺れそうだ。
『警察に通報し、島津の身柄は確保された状態ですが、
沙梨ちゃんはまだ・・・』
『そうですか。そんな事があったんですか』
俺達の知らない所でいつも何かは動いている。
自分が沙梨の為に一番前を陣取っているかのように見えた。
しかし、警察署を脱走してまで島津は沙梨を思って・・・。
ふざけんな・・・
声に出さずに零した。
今更親の心が戻ってきたとでも言うのか?
俺を事実上、牢獄に打ち込もうとした張本人だというのに。
今更、沙梨はお前の事なんて待ってないんだ・・・。
『すみません。私はてっきり二千翔ちゃんの両親かと思いまして』
『あ、いえ。俺の方こそすみませんでした。少し、頭がパニくってて』
深雪は相変わらずしゃがみ込んだままで居た。
少しの沈黙が続いた。
別にこれ以上話す事はなかった。
沙梨がこの世界のどこかを彷徨っている。
ならば、歯食い縛ってでも探すだけの事だ。
『あの、沙梨ちゃんの捜索も勿論なのですが、二千翔ちゃんの事も頭に入れてもらっておいて構わないでしょうか?偶然、見つける事もあると思うので』
『あ、勿論です。けど、どうしてまたその子は施設を抜け出そうと?
自分がその・・・X』
『XPです』
『その病を抱えている事は分かっているはずなのに。
いくら冬とは言え、この陽射しはまずいんじゃ』
『はい。下手すればもう・・・抜け出した原因は、
確保された島津にあると考えています』
『島津に?』
『昨日、沙梨ちゃんを捜索している警察として来た島津は、
少しだけ二千翔ちゃんと話をしていまして。
その際、また話をしようと約束したらしいのですが・・・
無理矢理、島津が確保された時、
二千翔ちゃんが警察の車両に向かって走っていくのを止めた職員がいまして。恐らく、島津に会いたいが為に此処を抜け出したんだと思います』
『そんな・・・』
二千翔・・・
皮肉にもその女は追い掛けてはいけない女なんだ。
況してや、お前の体では・・・。
会った事もない二千翔という少女の無念さが俺に入り込んできた。
少女は・・・話がしたかっただけなのだ。
島津・・・お前はどれだけの人を悲しませれば気が済むんだ。
俺は、絶対にお前だけは許さない・・・。

『拓!早くして!』
精一杯走った。
心臓が酸素を執拗に欲しがる。
水分を十分に吸い込んだタオルを持って、精一杯走った。
死ぬな!
『深雪此処じゃ駄目だ!車に乗せよう!』
二人の鼓動は限界を越えていた。
何でもいい・・・
死ぬな・・・。
養護施設で遠山さんと別れ、俺達は車に乗り込んだ。
一刻も早く、沙梨を探しに行く為にだ。
泣き崩れていた深雪も、今では心決めていた。
自分が弱っている場合ではないと。
一刻も早く沙梨をこの手で抱き締めなければいけないと。
『沙梨が施設を抜け出したのは数日前の事だ。
つまり、いくら幼子の沙梨でもある程度の距離は歩いてしまってると思う』
『あてが欲しいね・・・
ただがむしゃらに捜し回っても、見つける事は出来ないと思う』
冷静になればなるほど、焦った。
俺達みたいな、属に言う庶民にはあてがない。
島津みたいな力が欲しいと、ふと思ってしまった。
『駄目だ。考えてたって何も始まらない。探しながらでも考えられるんだ』
キーを回し、アクセルを踏んだ。
こんな馬鹿みたいに広い世界。
どこをどう探せば、沙梨は見つかる?
警察に情報を提供してもらうか?それは、深雪も思った事だと思う。
ただ、それだけはどうしても避けたかった。
何より、素直に俺達に情報を提供してくれるとは思えなかった。
『深雪だったら、どこ行くよ?』
『え?・・・そんなのあてにならないよ。私は大人だし』
そんな事分かっていた。何でもいいから、あてが欲しかった。
『・・・公園か?』
幼子から連想させた場所、公園がふと思い浮かんだ。
『手当たり次第向かってみるしかないね。
公園なら、施設に向かう途中見かけたよ。確かここを・・・』
決して諦めてはいない。
諦めてはいないけど、思ってしまう。
・・・どうせ、居るわけない・・・

小さな手・・・。