珍しく深雪よりも早く目が覚めた。
深雪の寝顔を見るなんていつ以来だろうか。
マジックペンで悪戯書きしてやろうかと考えたが、
帰ってきてから何されるか分からないのでやめておいた。
俺が下の階で朝飯を食べていると、『おはよ....ってあれ!?』
起きてきた深雪があたふたしている。お袋が言う。
『ほら見ろ。拓也がこんな時間に起きてくると我が家全員の体内時計が狂い出すんだよ』
『うるせぇ。目が覚めちまったんだから仕方ないだろ』
暖気し終えた車に乗り込み、会社へ向かおうとする。
コンコンと窓を叩かれ、視線を送る。
『何?』窓をノックした深雪が言う。
『拓、今日は何時で上がれる?』
『土曜日出勤だからな。遅くまでの残業はないと思うけど』
『久々に二人で外食行かない?』
『んん、ワック?』
『えぇ・・・やだ』ハンバーガー屋に対し、否定の視線を送る深雪。
『牛丼で決定だな』
『やだよぉ。たまにはさ』
『はいはい!それは考えといて!久々に会社で一服して現場に入ろうと思ってんだから』
『わかったよ!私で決めておくね。帰ってくる前に用意しておく』
『言っておくけど車出すのは俺だからな』
『何で?』
『お前の車酔うんだよ』
『そう?あの車やめときゃよかったかな?』
『車の問題にするな』
朝から運転の荒さを言い争っている場合じゃないと我に返る。
『行って来る』
そう言って車を出す。
外食。本当に久々だった。いつ以来だろうか?
それすらも忘れる。人間の記憶なんてそんな程度、或いは俺の脳が退化し始めているのか・・・。
どちらにせよ、帰宅途中に現金を下ろす必要がある事は確かであった。
早起きのお陰か?今日の仕事は捗りに捗った。
気付けばPM五時。
『お疲れ小野。上がっていいぞ』
『うっす!』
自宅に帰ると、深雪が風呂から上がってきた。
『お前まだ風呂上がりかよ』
『仕方ないじゃん!大家族のTVが四時過ぎからやってたんだもん!』
『そんなに見たいのかよ』
『今までの総決算だよ?見なきゃ何も始まらないって!』
『見たからって何か始まるのかよ』と、ぶつぶつと文句を零しながら荷物を置いた。
『何!?なんか言った?』
『何でもねぇよ!さっさと支度しとけよ!』
そのままシャワーだけ浴びて、車のキーを手に持つ。
辺りは薄暗くなってきており、車のライトを点灯しようかしないか迷う明るさだった。
『それで、どこ行くんだ?』
『んん、やっぱさ』
『やっぱさ?』
『あそこにしよ?』
俺の両肩が一気に落ちた。
深雪の言うあそことは、高校の時によく使用していた格安チェーン店だった。『まさかの案だな・・・』
『だってさぁ!お金ないのって現実じゃん?』
『・・・そりゃそうだけどさぁ』
『とか言って内心ほっとしてるんでしょ?』
『そんなわけねぇだろ!ま、深雪がどうしてもって言うなら』
『ほら!やっぱりほっとしてるじゃん!』
『してねぇっての!』
ポンコツ車が二人を乗せて走る。道中の会話はいつもと変わらなかった。
目的地に到着し、駐車場を回る。
『うわぁ、さすが土曜だけあって人入ってるなぁ』
『本当だね』
駐車場も隅に止める始末。
『いらっしゃいませ!お二人様で?お煙草は?それではご案内します』と、店員も忙しそうだ。
『なぁ、ここ来るの久しぶりだけど、うちらの顔覚えられてんじゃねぇの?』
『あ、拓も思ったの?絶対そうだよね。接客の受け答えが早過ぎる。
特に煙草なんて頷くか頷かないかのタイミングだったよ』
『ほんの少し前は身分証明見せてたのになぁ』
『あ、それは違う。明らかに未成年に見えないし』
『そうか?まだ俺はいけると思う』
『自意識過剰』背中を深雪に殴られた。
            
モクモクと白い煙が立つ。
煙草をやめればある程度生活に楽な兆しが向くのだが・・・。
それだけでなく、年々続く値上げの連続攻撃。
喫煙庶民は日枯らびてしまう。
『もう少ししたらアパート借りて二人暮らしだね』
『深雪、ほんっと二人暮らしが楽しみなんだな?』
『拓は楽しみじゃないの?』
『いや・・・だってさ、はっきり言って俺は本当起きて仕事、寝て仕事状態になるわけであって、家事は全て深雪だよ?
専業ならまだしも、深雪も会社やめるわけにはいかないだろう?』
『・・・へぇ』
『・・・ん?何?』
『一応私のこと考えてくれてんだ?』
『ば、馬鹿じゃねぇの!?そんなわけねぇだろ!
・・・ただ、まぁさ、俺のスペシャル炒飯食わせるわけにはいかないし』
『それ前から言ってるけど炒飯なの?』
『・・・作る前は炒飯を想像してたんだけど・・・炒飯風味の餅になった』
『ん!』深雪がコーラを吹き出した。
『何してんだよ!』
『笑わせないでよ!』
『あぁもう、先が思いやられますな』
『お互い様じゃんか』
『そうか?さてと』
二人して立ち上がりレジに向かう。
『これからどうするの?』
『どうするのって言われてもな。別に考えてきてないけど』
『デートは男が仕切るもんだよ?』
『何がデートだよ・・・あ!』
『ん?どうしたの?』
『金下ろすの忘れてた』
『えぇ!・・・マジ馬鹿男』
『う、うるせぇよ!お前財布持ってきてないの!?』
『拓の車に置きっぱなしだよ!取ってくるから鍵!』
あぁ・・・もうこれで完璧店員には覚えられたな。
店員と目が合い、苦笑い。
深雪が戻ってきた。
『早くしろよ、恥ずかしいな』
『え・・・うん』『?・・・』
深雪の様子がおかしい事に気付いた俺は、会計を済ませてから聞いた。
『何?どうしたよ?』
『車にさ』
『え?悪戯!?』
『いや、じゃなくて!ほら・・・見て』
俺の車はなんて事はない。
『何?』
『ほら・・・子供がさ』
『・・・はぁ?』

目を疑った。俺の車のすぐ隣に子供が立ち尽くしており、大声で泣いていた。三、四歳くらいの女の子だった。
『な、何!?てか、え?誰?』
『知らないよ!』
とりあえず状況が読み込めないので話し掛ける事にする。
『おい、母ちゃんはどうした?迷子か?』
俺の問いに、子供はただ泣きじゃくるだけ。
『おい!聞いてんのかよ!?』
『拓!これ』
『え?』
子供が一枚の紙を握っていた。
『手紙か?ほら、ちょっと見せて』
子供はすぐに俺に手紙を渡してきた。
『何?』そこには、一文だけこう書かれていた・・・。
【あなたにとって愛とは何ですか?】