『じぃ!見て見て!』
沙梨の声に反応。
振り替えると、沙梨が着飾った姿でポーズをとっていた。
『あぁ、似合ってるよ』
俺の反応が薄いせいか、沙梨はムスッと頬を膨らました。
『じぃ!私はレディーだよ!?レディーは褒められると嬉しいんだよ!?』
『!・・・』
最近、本当思う。
沙梨は三歳児ではないような振る舞いと言葉を発する時がある。
その事実があっても、目の前で着飾った衣装のまま踊っている沙梨は、
体型からしてみても三歳児だと認めざる得なかった。
『よく似合ってるよ。お褒めの言葉はママに掛けてもらえ』
俺は沙梨に近付き、何気なく商品の値札を見た。
『一万飛んで八百円か・・・ん・・・は?』
目を疑った。
『税込一万八百円だぁ!?』
俺は慌てて他の衣類の値札を見た。
どれもこれもが諭吉さんクラス。
『沙梨!お前、センス悪っ!鏡で見てみろ!?
俺はとてもじゃないけどお薦めできないな』
沙梨は鏡で自分の姿を見ながら、
『センス?私のセンスじゃないよ?ママだよ?』
『な、何だと!?』
深雪が選択したって?
これから先が思いやられると、頭を掻き毟りながら深雪の下へ向かった。
『深雪!お前、どこにあんな高価な物を買える金があるんだよ!?』
『えぇ?何?』
『だから!沙梨が着てる・・・』
『拓、こっちとこっち、どっちのワンピが私に似合うかな?』
深雪は深雪で自分の服を選ぶのに夢中で、俺との会話もうわの空。
渋々、ベンチに腰を掛け財布の中身を見た。
数十枚の諭吉さん達の幻影がちらほらと目の前に浮かんだ。
実際に存在する三万ちょっとの現金達。
今日までありがとう。
どうやら君達とはお別れのようだ。
気が向いたら、また僕の所へ戻ってきておくれ。

『ご飯おいしかったねぇ?』
『うん!』
俺の前を歩く二人は満面の笑みで会話をしていた。
俺は、『ったりめぇだろ。一人三千円もとられるような飯だぞ』と、ぼやく。『ん?何か言った?』
『何でもねぇよ!』
完全に深雪と沙梨のペースだった。
お父さんはいつだって弾き者なんだ・・・
そう二十歳で強く認識した瞬間でもあった。
『ねぇ!』
『え!?』
深雪に声を掛けられていた事に気付いた。
『沙梨ちゃんがトイレだって。私ついてくから、その辺で適当に待ってて』
『あぁ』
その辺で適当にって・・・
俺は下僕か何かか?
トイレから少し離れた所にベンチを見つけ、そこに腰を掛けた。
さすが休日とあって駅ビル内は混んでいた。
ガヤガヤとしたこの空気に飲み込まれそうになったが、目を閉じて拒んだ。
眠い。
そうだ・・・今日は叩き起こされたと等しい扱いをされたんだっけ。
さっさと帰路につきたいものだ。
ゆっくりと目を開け、再び、暇人達のでいたらくに付き合うことにした。
ふと、トイレから小さな手が見えた。
沙梨女王のお帰りか・・・。
召使である俺が重い腰を上げた。
その時。
『!あ、危ねぇぞ!』
沙梨がふざけて後向きに歩いていたものだから、反対側のトイレから出てきた長身の男とぶつかった。
『きゃ!』
沙梨は小さな悲鳴を上げて、尻餅を搗いた。
俺は慌てて沙梨に駆け寄り、沙梨と接触した男に、『すんません。ちょっと目を離してて』と、謝った。
男は俺の言葉に反応する事なく、その場を颯爽と去っていった。
『馬鹿。お前人様に迷惑かけるなよ?ほら』
俺は沙梨の手を握り、立ち上げようとしたが・・・
『・・・』
『?・・・どうした?』
『・・・今の』
沙梨は人差し指を口元で遊ばせながら、接触した男の背中を目で追っているようだった。
『何だよ!ほら!』
俺は強引に沙梨を立ち上げた。
ポト、と沙梨の胸元から何かが落ちた。
俺は沙梨のお尻の埃を二、三回叩いて落としながら、落ちたものを拾った。
『何だこれ?・・・!て、手紙!?』
ドクン!心臓が急激に締め付けられる錯覚。
緊張の糸が俺の全身に張り巡らされた。
当然、この手紙を沙梨宛の手紙、三通目と予感した。
予感は的中した。
手紙の封を切り、中身を読むと・・・
【時間ガ無イ。記憶ノ細胞ハ今モ破壊サレテイル】
『ごめん!化粧直ししてる隙に出てっちゃってさ・・・拓?』
深雪は俺の動揺する表情と、俺が持つ手紙を見て瞬時に状況を把握した様子。『深雪、しばらくこの辺にいろ!』
『あ、拓!』
俺は深雪と沙梨をその場に置いて、走り出した。
さっきの男だ!間違いない!・・・あいつは沙梨の親父だ!
周辺を見渡しながら走り抜けた。
ふざけるな、と小さく零した。
長身で、三十前後の男。黒のジャケットを羽織っていた。
ひたすらデパートの中を走り巡り、男を探した。
しかし、気配はなくガヤガヤと暇人達のでいたらくが俺を飲み込もうとしていた。
『はぁ!はぁ!くっそ!』
【時間が無い・・・記憶の細胞は今も破壊されている】
沙梨の親父・・・何を考え、沙梨に接近したのだろう?
【時間が無い・・・記憶の細胞は今も破壊されている】
つまらない言葉の羅列だ・・・。
何よりも明確な事実・・・それは、沙梨は、お前に捨てられた・・・。
屋上の駐車場に出た。
人の気配はなく、雨だけが俺を快く迎えた。
俺は膝から落ち、両拳を地面に叩きつけた。
『馬鹿野郎!沙梨の気持ち考えた事あんのかっ!?』