EGOISTIC狂愛デジャ・ビュ


彼の腕から逃れ、手当てをしようとした月那だったが、不意に氷河から名前を呼ばれて動きを止めた。

「月那……」

「はい?」

「覚えているか…?お前が…“俺に殺されるなら本望”と言った、あの時を…」

昔、月那が人間だった頃に言ったセリフ。


「……覚えてますよ」

「そうか…」

氷河は傍にあった椅子に身体を預けた。


「櫻井小鳥は……あの時のお前と、同じ目をしていた」


吸われる瞬間、微笑んでいた少女。

月那も微笑みながら氷河に全てを差し出そうとした。


「お前と少し……似ているな」

「仲良くなれそうですか?」

「……人間でなければな」

「人間でも仲良くなってほしいです」

「……お前、恋人に他の女と仲良くしろって言うか普通。……少しは嫉妬しろ」

「へへ、氷河さまの愛情を信じてますから」

無邪気に笑う月那に毒気を抜かれた氷河は力無く苦笑した。









 寮から出てきて廊下を走る。

中央の螺旋階段を下りながら先頭のルカは小鳥の手を握ったままアルトに話し掛けた。

「アルト!出口どこだっけ!?」

「もっと下!俺が案内するよ。ついて来て!」

「アルトさん!?いたんですか!?」

「ヒッドーイ!それはないっしょ小鳥ちゃん!俺大活躍だったのに~」

アルトがわざとらしく落ち込んでみせると、後ろから追いついたオーレリアンが怒鳴った。

「嘘つけ!何が大活躍だ!こっちは酷い目にあったぞ!」

「アハハハ!ごめんごめん!てか全員ついて来てる?大魔王とかムチ野郎の姿が見えな――」

「誰がムチ野郎なのかな?」

後方から飛んできた穏やかな声に肩をびくつかせるアルト。

走りながら恐る恐る振り向けば、オーレリアンやフェオドールの後ろに静理達の姿が見えた。

「げっ!!いるし!!」

「大魔王は僕のこと?一回殺してあげようか?」

「遠慮しますっ全力で!」



こうして唯一の出入口がある階まで下りてきた八人は、逆五芒星の描かれた扉を待って脱出したのだった。











「フウ、ここまで来れば大丈夫っしょ」

アルトが笑顔で安全を宣言。

彼らは軍の敷地内から出て最寄りの駅までやって来た。

「あの…皆さん、ありがとうございました…!私のために、わざわざ…」

落ち着いたところで、皆に向かって小鳥が頭を下げる。

「本当、面倒だったけど“わざわざ”家畜のために走り回ってやったんだ。もっと感謝しろよな」

末っ子の言葉を聞いた静理はクスリと思い出し笑いをした。

「そんなこと言って、オーレリアン。カロンからのメールを見た瞬間、血相変えて俺よりも先に居間を飛び出したのは誰だったかな」

「チッ……静理ウザイ。黙ってろよ」

睨んでいるとカロンの手が伸びてきた。

「はいはい。照れない照れない」

またもや大嫌いな兄に頭を撫でられる。

「う、うるさい!撫でるな!!」

耳を赤くして言い返すオーレリアンを小鳥が微笑ましく見守っていると、いきなり背中に白魔がのしかかってきた。

「きゃ!?白魔さん…?」

「ねえ、いつまでルカと手を繋いでるの?妬いちゃうんだけど」



「あっ!ご、ごめん小鳥!」

指摘されて慌てるルカ。


(あ……離れちゃった)


パッと離されてしまった手を名残惜しく感じているとアルトがいきなり大声を上げた。

「ああっ!!カロン!早くライブ会場に行かなきゃ!ハニー待ってるし!」

「あ、忘れてた。えっと時間は……まだ三時前だな。間に合いそう」

ケータイの時計を確認するカロン。

ライブの話になって小鳥は自分が誘われていたことを思い出した。

「あっ、私も行きます。カロンさんがくれたチケット、まだ持ってるので」

「ああー…でもあんたは家帰った方が良くねぇ?色々あったし、なーんか心配」

珍しくまともな意見を言ったカロンに白魔も頷く。

「一度帰ろうよ、小鳥。ライブならまた行けるでしょ」

「そ。次回の楽しみにとっとけ。またチケットやるからさ」


(うぅ……本当は行きたいけど…)


自分を心配してくれての意見なため反対などできない。

とても残念だったが小鳥は素直に他の義兄弟達と屋敷へ戻った。











†††


 翌日、六人兄弟と小鳥は居間に集められた。

全員を呼び出したのはクラヴィエ家の大黒柱、みんなのお父さんジェラルドだ。


「聞いたよ昨日の事件。誘拐されかけた小鳥ちゃんを保護してくれた氷河くんに嫉妬した君達が軍学校へ殴り込んだらしいじゃないか!」

「なんかおかしくねぇ?親父の説明」

カロンがボソリと呟くとオーレリアンが周りをギロリ。

「誰だよ父様に説明した奴」

「……俺だ」

目を閉じてソファーにもたれていたフェオドールが片目を開いて気怠げに返した。

「に、兄様だったの!?ごめんなさい…頭の悪いルカだとばっかり思ってた」

「失礼だな!おい!」

ルカが吠えたところでジェラルドがパンパンと手を叩く。

「はーい、注目!まあ、細かいことはともかく、小鳥ちゃんが危ない目にあったのは事実。そ・こ・で、だ。息子達…それから小鳥ちゃんに提案があるんだよ」

「提案…?何ですか?」

首を傾げる小鳥に、みんなのお父さんはニッコリスマイル。

「小鳥ちゃんのボディーガード兼フィアンセを一人選びたいと思うんだ。もちろん君達六人の中からね」



「「はあ!?」」

ルカとオーレリアンが同時に声を上げる。

「マジか。ちょっとビビった」

カロンが瞬きをする隣で小鳥も口をあんぐり開けた。


(ボディーガード?それにフィアンセって…婚約者!?)


「父上って、頭いいの?馬鹿なの?まあ、小鳥が僕のものになるなら文句はないけどさ」

「うーん…白魔は好きになった相手を殺しちゃうじゃないか。フィアンセになるなら小鳥ちゃんを殺すのはなしだよ?」

「無理。約束できない。けど欲しい」

「約束守れない愚息には大事な小鳥ちゃんを任せられないな」

「ペットじゃダメなわけ?」

「カ~ロ~ン、お父さんは残念でならないよ。せっかくイケメンなんだから女性に対するペット監禁癖を直しなさい。そうすればモテるよ?お父さんが保証しよう」

「えー、親父に保証されても微妙」

その時、黙って会話を聞いていたオーレリアンが苛立ちながら席を立った。

「ふん、馬鹿馬鹿しい!僕はメスブタのボディーガードなんてヤダから。フィアンセもありえない。結婚なんて人生の墓場でしょ」

「待ちなさい、オーレリアン。ほらほら座って。というか……本当に君は一番年下かい?最近お父さん本気で心配になっているんだけど。君の女性嫌い」

「オーレリアンはマザコンだからな~」

「ルカ、表出ろ」

ルカの小さな声は末っ子によってちゃんと拾われた。

そんな弟達の横で静理が顎に手をやり考える。

「ボディーガードならいいけれど、フィアンセとなると……」

「……俺はべつに、構わない」

フェオドールがサラリと言ってのけた時。

「てか小鳥の意見聞かなきゃダメじゃん!」

熱い視線でルカが小鳥を見つめた。



全員の視線が小鳥に向く。

緊張でドキドキしつつ小鳥はジェラルドに根本的な質問をした。

「あ、あの…ボディーガードはありがたいんですが、どうしてフィアンセとセットなんですか…?」

「それはね、小鳥ちゃんが地下世界で暮らすのに必要だからさ。君は私の娘になったわけだけれど、いつでも私が傍にいて守ってあげられるわけじゃない。実際、明日にはフランスに戻る予定だしね。だから君の安全を確固たるものにしておきたいんだよ」

真面目な顔を見せるジェラルドは小鳥を真っ直ぐ見つめて続けた。

「ハッキリ言って人間が庇護者も無しに地下世界を生き抜くのは難しいんだ。ずっと屋敷の中にいるならいいが、外に出たりだってするだろう?品性のない闇人に襲われそうになった時のことを考えると、誰かの所有物であった方が都合がいい」

「所有物って…父さん!」

「ああ、怒らないでくれルカ。私の言い方がまずかったね。要するに、小鳥ちゃんはクラヴィエ家の人間だから手出しは無用とわからせることが大事なんだよ」

説明を聞いた白魔が納得した様子で口角を上げる。

「ふーん。誰かのフィアンセだと公言しとけば小鳥は安全ってわけか」

「そう!こんなに可愛いマドモアゼルなんだ。フリーだと知られたらまた誘拐されてしまうよ」

「ハッ、大袈裟」

嘲笑うオーレリアンに苦笑しつつジェラルドは小鳥に問い掛ける。

「で、小鳥ちゃん。君は誰がいいんだい?」



「え…!?わ、私が選ぶんですか!?」

「そうだよ。息子達に選ばせていたら絶対に決まらないからね」


(いきなり誰か一人選べと言われても…)


恐る恐る義兄弟達の顔を見回す。

にこやかな笑みを送ってくる白魔。

困ったような表情の静理。

フェオドールは目を閉じているし、オーレリアンはそっぽを向いて腕組み。

ジッと見つめてくるカロンと視線が交わり慌てて目をそらすと、ルカの心配げな瞳とぶつかった。


(どうしよう…)


「まあ、難しく考えることはないさ。私がいない間の保護者代理だとでも思っておきなさい。常に頼れる相手がいた方が安心だろう?」

小鳥には笑顔で気軽にと言っておきながら、ジェラルドは息子達を脅すような眼差しで見つめた。

「それから息子達に言っておくよ。選ばれたら全力で小鳥ちゃんを守りなさい。嫌だは無し。いいね」

それぞれがそれぞれの反応をしているのを観察する余裕もなく、小鳥は頭を抱える。


独占欲の強い白魔にするか。

人間嫌いを承知で静理を選ぶか。


それとも、無口だが過保護そうなフェオドールがいいのか。

監禁されるのを覚悟でカロンに守ってもらうか。


はたまた、一番しゃべりやすくて安心できるルカに頼むべきか。

毒舌だが頼りになるオーレリアンにしようか。


(私は……)





「私は……選べません」


縮こまって小さな声を出す。

するとジェラルドがフゥと溜息をついた。

「そうかい、困ったね。どうする息子達。君達がイケメンすぎて小鳥ちゃん、一人にしぼれないそうだよ」


(だ、誰もそんなこと言ってません…!)


単に誰を指名しても迷惑をかけてしまいそうで申し訳なかったからなのだが。

ちょっと違う解釈をされてしまった。


「なら僕でいいじゃない。喜んでプリマドンナのフィアンセになるよ」

笑顔全開で迫ろうとする長男に対し、ルカが待ったをかける。

「だーかーらー!白魔は小鳥にいつナイフ向けるかわかんないから任せらんないって!」

「いやはや、困った困った」

顎に手をやり「うーむ」と唸るジェラルド。

「小鳥ちゃん、もう一度よく考えてもらえないかな?明日まで待つから、別の答えを聞かせてほしい。息子達の前で言いづらかったら、私にそっと教えておくれ」

「は…はい……」

考えろ、と命じられた。

どうやら絶対に誰か一人を選ばなければならないようだ。

小鳥は憂鬱げに俯いたのだった。