いつも通りに本の列を指でなぞりながら、息を吐いた。

思えばたかが栞ひとつの話なのに、ここまで自分の世界が変わってしまうだなんて。


滑稽だ、と小さく呟く。


その瞬間に、息を飲む音が聞こえた気がした。


ふと本棚の端を見ると、夏制服のシャツの肩口を濡らした彼が、私と同じように背表紙に人差し指を乗せて大きく目を見開いて固まっていた。

足下にはいつもの学生鞄。

私が彼から目を離せないでいると、彼は何か言いたげな目で口元を引きつらせながら足をこちら側に踏み出した。

余程周りが見えていなかったのか、彼の足は鞄を蹴り倒し、何故か空いていた口から中に詰められていたクリアファイルを床に散らせた。

色とりどりのクリアファイルのどれもが、活字のように几帳面な字で埋められたルーズリーフを透かしている。

私は妙に冷静な気持ちでそれを拾い上げると、胸ポケットからあの栞を取り出してファイルにそっと挟み込んだ。


いつか声をかけることがあったなら、とは思っていたけれど。
こんな言葉、さすがに今更だろうか。


そうは思っていても他に気の利いた言葉など思い浮かばないので、私は彼との出会いをドラマティックでもロマンティックでもない、どうしようもなく陳腐な言葉で始めることにする。


私の口が開くと同時に、彼の唇も動いた。





「よく会いますね」





世界がいま、重なる。