恐らく、市内の学生ほとんどがテレビの前で歓喜しただろう。

朝食のトーストを眠い目で齧っていた私は、軽快な電子音と共にアナウンサーの頭上に文字が表示されたとたんに諸手を上げて制服のリボンを宙に放り投げた。


大雨洪水警報。


字面は暗いが、学生にとっては朗報だ。忌々しい授業が一日なくなって好きなことができる。

しかしながらパート働きの母親には関係のない話だ。

幸せに満ちた私の様子に指をくわえながら、合羽を羽織って勇ましく飛び出して行った。

何をしよう。好きなことが出来る。

とりあえず部屋に戻ったはいいものの、机の上を見たとたんにあの栞が目に入る。

今日も、彼には会えない。

そんなことを考えたとたんに自由の象徴のような自分の部屋が空虚に思えた。

外は、雨の匂いで満たされている。



あの日と同じ。



あの日、合羽を羽織って自転車で図書館へ向かった。

少しでも早く図書館に行きたくて、雨の日なのに傘を手放した。

それくらい好きだから。

毎日来ていたくらいだし、彼も私と同じくらい本が好きなのではないか。

あんな黒歴史みたいな栞が他人の手に渡ったことを今更後悔していたとして、そんなことでやめられるだろうか。

今日来るかもしれない。

気まずくて私を避けているとして、今日は私が来ないと踏んでいるのかもしれない。


そうはさせない。


合羽を羽織って家を飛び出す。

大雨の中、風を切りながら、いつものようにつまらないことは空気中に溶けて行った。