違和感に気づいたのは、僕が本の七割を読み進めてまた少々知識の深い人間になりかけた辺りだった。

斜向いに座っている彼女、さっきから少しもページを繰っていないようだ。



完全に意識のベクトルが本からシフトした。



何気ない風を装って眼鏡のポジションを修正する、この間に行う一瞬の視線移動はけっこう気づかれにくいと眼鏡歴3年の僕は学んでいる。

レンズの奥に、一瞬映った彼女の顔。




紛れも無い寝顔だ。




なぜか、緊張感で僕の姿勢が伸びた。


数学の授業中に隣の阿呆の友人(偏差値は68)が、凶悪的に叱咤の才能に溢れる教師の目と鼻の先で寝ているのを発見した時に感じる緊張とは、ちょっと違う気もする。

何故寝たと聞くと、友人は理屈じゃないと言い切った。この一言からして、阿呆でしかない。

もはや寝るという行為は自分自身の意思が介在するものでは無く、神がつくりたもうたこの身体がひとりでにそうする以上抗いようがないのだと彼は力説する。



お前は神に逆らうのかと彼は挑戦的な表情で言い放った。

僕は、君の身体をつくったのは君の親だと言っておいた。



そんなことはどうでもいい。
とにかく、目の前の彼女が気になって本どころではない。



女子というのは厄介なもので、あちらが勝手に寝ただけのことなのに、こちらが悪いことをしているような気になってくる。

人を起こすことにかけては、さすがの僕でもさりげない手法を知らない。

もはやさりげなさを通り越して、数秒に一回ほどの割合で彼女を確認していると、事態は更に進行した。