今日も1日幸せだった。

美味しい朝餉を食べ、楽しく勉強(…したのかは微妙)に励み、流には楽しい体操を教えて貰い、大好きな母上にも会えた。それなりに執務に追われる事もあるが、この国の事を思えば苦ではない。


毎日が楽しくて、新鮮で…改めて、この国が大好きになった。


『やっぱり平和が1番!やなー…。』


そんな言葉が自然と漏れる。


恋に付いて町に下りれば、『お!殿様自らお手伝いかい?偉いねー!この高菜、サービスしちゃうよ。』『城の業務は大変じゃないかい?忙しくても、ちゃんと寝るんだよ。』と皆から声を掛けて貰える。

幸せそうに笑う大和の国の人々。
そんな皆の『幸せ』を守りたいと、心から思った。

きっとそれが、自分に課せられた『使命』なのだと。




部屋に戻ると、暗くなった其処に灯りを灯す。初夏の夜は、仄かに昼の熱を残して過ごしやすい。


『…奏様。』


不意に窓の外から声がした。


『え…流?』


窓辺に近付き、薄い障子を開ける。
同時に夜風が入り込み、綺麗な満月の光が黒い影を背中から照らしていた。


『どーしたん…こんな遅くに来るなんて、珍しい!』

『今日はどうしても、奏様にご挨拶をしておきたくてお伺い致しました。』

『え…それはどう言う…』

いまいち流の意図が飲み込めず、表情を覗き込む様に首を傾げながら一歩踏み出す。


『…今日から数日、私は少し離れた地へ仕事を終わらせに行かねばなりません。数日で終われば良いのですが…少々長引く可能性が。』


『仕事…どこかに潜入、とか?』


『…近江が伊勢に侵攻していると、先程連絡が有りました。』

『伊勢⁉︎え、ゆたか君のところ?』


流の発言に、思わず耳を疑った。
ついさっき、食事会の日程の返事をしたためたばかりだった。
なのに…


『そうです。我が大和の国の同盟国に侵攻しているとなれば、黙って見過ごす訳には参りません。私が大和からの援軍を先導し、伊勢に加勢して近江を追い払って参ります。』


『そ…んな。援軍に行った皆まで危険な目に遭う事になるやんか!』


『…では、伊勢の国を見殺しにしろと?』


『そうやない!そうやなくて…もっと、話し合いとか…せや、近江と伊勢と大和で話し合って侵攻を止めて貰えば…!』

『話し合い如きで侵攻をやめる人間なら、最初から戦いなんて挑んで来ませんよ。…万が一話に乗って来たとしても、こちらを油断させておいて騙し討ち…なんて事にもなりかねません。』

流がその切れ長の瞳で、俺を真っ直ぐ見据えてくる。


『そんな事ない!話せばちゃんと分かる人も…』


『奏様。…貴方はその手で、何を守るおつもりですか?』


流の眼差しが一層鋭くなった。


『何って…この国に居る皆の幸せに決まって…』


『では、もしこの国に近江が侵攻して来たら?貴方を殺し、民を制圧して、この国を乗っ取ろうと襲って来たら…貴方はそれでも「話し合い」で解決しようと言うのですか?…とんだ詭弁ですね。』


…いつもの流やない。

こんなん、いつもの流やない。


『平和を願うんは…そんなにいけない事やろか。』

『その平和を導き出すためには、誰かが血を流さなければならないんです。…貴方は何の為に、手裏剣を練習しているんですか?』

流の言葉に、毎朝の日課を思い出す。
少しづつ距離を伸ばして、命中率を上げ…

でも、あれは


『あれは…人を傷付ける為に練習してた訳やない!』

『…手裏剣は、元を正せば「刀」です。身を守る為の、刀。』

そう言いながら、流は懐から1枚の手裏剣を取り出した。

四角に近い、やや大きめの手裏剣。
中央には紐が通せる程の穴が開いている。