もしかしたら、うっかり忍者になれるかもしれない。


そんな事を思う、初夏の朝。

2週間前は手裏剣を的に当てる事すら難しかったのに、今ではほぼ外れる事なく的の中心部へと命中させられるようになった。我ながら上達が早いのでは…と、勝手に頬が緩む。

『今度はもう少し離れて練習してみようかなー。』

そんな呟きに、葵が斜め後ろで反応する。

『…くれぐれも、お怪我のないように。』

『分かってるって、葵は本当に心配性やなー。…あ、ハイこれ。ありがとー。』

部屋に着くと、肩に掛けられていた葵の羽織りを脱いで渡す。

初夏と言えど、まだ日が登りきらない内は空気が冷たい。手裏剣の練習に夢中になった後は、汗で身体が冷えている事が度々あった。


『ふー…やっぱ、朝一で身体を動かすと気持ち良いわー。さ、早く着替えて美味しい朝餉を食べに行かんと!』

汗ばんだ寝間着から普段着ている着物へと着替えを終わらせると、葵の背中を押しながら廊下へと出る。

辺りには既に、焼き魚の良い薫りが漂っていた。

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朝は好きだ。

空が晴れれば特に。




長い廊下を歩き、一際大きい部屋の前へと辿り着くと両手で勢い良く障子を開け放つ。



『おっはよー!皆、今日も元気?』


障子の向こうに座っているのは、我が国自慢の臣下たち。本当は全員座らせたかったんやけど、部屋に入りきらないと言われたので泣く泣く人数を4分の1に減らした。

…まあ、それでも大広間にみっちり詰め込んでようやく座れる、ギリギリの人数なんやけど。

因みに、『流も一緒に食事を!』と誘ったら、珍しく葵と流の双方から断られた。隠密はどんな時も顔を隠さなアカンなんて…(※但し敵地にいる時に限る)ってな風にならんやろか。

『おはよう、奏様。』
『おはよ、殿は今日も元気だなー。』
『何を言っておる!元気が無い殿なんて、殿じゃないわい!』


次々と返ってくる返事に、自然と笑みが漏れる。

こうして臣下達から毎朝貰う温かな挨拶は、俺の1日の活力。皆が居るから、此処に居られる。

この国が平和で有り続ける為に、俺は何をしたら良いんだろうか。
皆が幸せと思うものを守る為には、何が出来るのだろう。

いくら考えても答えは出ない。

出ないからこそ、考えなければいけないのかもしれないけど。



『奏様ー!今日は美味しいヤマメが手に入ったんで、朝は塩焼きにしましたよ!たーんと召し上がれ。』


ふと、そんな悩みを吹き飛ばすの様に室内に爽やかな声が響き渡る。

短髪の赤髪に筋肉質でガッチリとした身体、身長は俺の1.5倍(あくまで俺の感覚)くらい有りそうな大柄な人物が、調理場の使用人を数名引き連れて登場したのだ。

『今日は朝から大漁大漁!』

調理場の責任者をしている恋(レン)が、足取り軽く俺の前へとやって来る。

毎朝の事だけど、食事を待つこの時間が堪らない。今日はどんな美味しい料理が出て来るんやろか。

恋は手にお盆を持ち、席に着いた順に次々と手慣れた様子で準備をしてくれる。

恋の部下達(何故か皆筋肉質)も見事な連携を見せ、あっと言う間に朝食の支度が完了した。

『うっわー!塩焼きのヤマメ?こんなに⁉︎』

目の前のお皿には、ヤマメが3匹。その隣にはホコホコのご飯と香の物、そして岩海苔が入ったお味噌汁が所狭しと並んでいる。

『朝飯はしっかり食わないと、昼までもたないですからねー。それに…今日も頑張ってたんでしょ、手裏剣の練習。』

その言葉にふと顔を上げると、朗らかに微笑む恋と目が合った。

『先々週、くらいからですよね?裏庭で朝から手裏剣の練習してるの。丁度朝飯の材料調達したりする時間と被るんで、遠くから眺めてたんですよ。奏様頑張ってるなー、俺も頑張らないと、って。』


正直、ビックリした。

あんな早朝…最早深夜と言ってもおかしくないような時間に見られていたなんて。


『…気付いてたんや?』

『もちろん!でも…凄く集中されてるみたいだったんで、声は掛けずにいたんですが。』

『恋も、あんな時間から仕事を?』

『はい、飯の材料確保は勿論ですが…俺も筋肉鍛ねぇとナマっちまうんで。さ、朝餉が冷めないうちに食っちまいましょー!』

そう言いながら、恋の大きな手が俺の両肩に乗る。

うちの臣下達はやっぱり、あったかい。




それにしても、この屋敷の人数分を賄える程のヤマメを捕獲するって…凄い。

多分恋も、只者じゃない。




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