翌朝、まだ夜が完全に明けきっていないであろう時間に聞き慣れない音が響く。
決して耳障りな程大きくはないものの、耳を澄ませば響くそれに自然と意識が持っていかれる。

『…何だ?』


初夏と言えど、まだ夜明けは空気が冷たい。身体を起こし傍らの刀を腰へと刺すと、壁に掛けてあった薄鼠色の羽織りを纏い廊下へと歩を進めた。



何かを打ち付ける様な音が三回響いては暫しの間が空き、再び同じ音が繰り返される。夜明けの澄んだ空気を僅かに震わせる其れに引き付けられるかのように、足先は自然と裏庭へと向いていた。





『………奏様。』


奇妙な音の出処は、直ぐに見付けられた。

『シュッ…シ…あれ?葵?おはよー!』


古い蔵の丁度物か陰の辺り。屋敷の廊下からは死角になるそこに、寝間着そのままで楽し気に息を切らせる我が主の姿があった。


『…何をしてらっしゃるのですか。』

『あ、これ?んと…ザックリ言えば手裏剣の練習やな!もしかして…うるさかった?』

『そう言う訳ではありませんが…また何でそんな事を。』

『ああ、十型・卍型に加えて遂に八方型を手に入れたから、練習せえへんと!って思って。…結構うまなったんやで?』

言い終えると同時に左手に重ねていた手裏剣を1枚右手へと持ち変え、蔵を背にする形でいつの間にか設置されている的へと身体を向けた。


『…見ててや?』


珍しく自信たっぷりに口端を持ち上げた後、木を打つような乾いた音が裏庭に三度響く。
奏様な手から離れた手裏剣達は、吸い込まれるように次々と紅く塗られた的の中心へと突き刺さった。


『よぉーっし、大成功!なっ、結構うまなったやろ?』


…目測、15m。直径にして10cm程しかない的の中心部へと三枚全て当てるのは、玄人でも至難の技だ。


『…そうですね。凄いと思います。相当練習を積まれたんですね。』

『んー…そうやな。ここ2週間くらい毎朝特訓したから、その成果が表れ始めたのかも!』


…2週間。

その日数に、再び動きが止まる。そんな短い期間で体得出来る物ではない事は、誰が見ても明らかだろう。

褒められて嬉しそうな表情を浮かべ、的に刺さった手裏剣を抜きに行く主の背を暫し眺める。

特別背が高い訳でも、筋肉質な訳でもない。身体の使い方が美味いのか…それとも、何か特別な「才」があるのか。


『手裏剣は楽しいんやけどなー…的から抜くのがひと苦労っちゅー…っくしゅん!』

手裏剣を引き抜いたその肩が震える。

まだ冷たさが残る早朝…汗をかく程に熱中していたなら、身体は冷えているに違いない。

背後から近付くと纏っていた薄手の羽織りを脱ぎ、相手の肩へと掛けてやった。


『…まだ朝は冷えます。そろそろ朝餉も出来ている頃でしょう。風邪を引く前に着替えて、部屋に戻りましょう。』

『おぉ!もうそんな時間か…今日は何が出てくるんか、楽しみやな!』


目を輝かせながら己に笑いかける奏様は、いつもながら眩しかった。




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