「なっ」
私は残念な事にこういう言葉にあまり耐性がない。
じわっと顔が熱くなるのがわかった。
ニヤリと笑う小町くん。
その笑顔がどっかのモデルさんみたいにかっこよくてまた悔しくなる。
「あ、赤くなった」
こうやって茶化してくるところとか。
「うるさいわね」
「はは、かわい」
全部全部、苦手だ。
そして、小町くんに翻弄されて冷静さを失ってしまう私自身も苦手だ。
「はー…」
私は、小町くんを諦めて
自分の仕事をすることにした。
このままでは、完全にあっちペースで持って行かれてしまう。
切り替え、切り替え。
私は小町くんの前から素早く離れ、パソコン画面に向かい、再び手を動かし始める。
「無視しないでよ、ほんとに怒った?」
「いいえ」
「じゃあ話そうよ」
「仕事があるので」
「…生徒の心のケアも、先生の仕事でしょ」
くそう。
まったく、コイツは。
一体いくつ手札を持っているんだ。
小町くんを横目で見ると、彼はニッコリと笑う。
「はぁ…、君勉強は?相当授業休んでるみたいだけど」
毎日こんなところに来てて大丈夫なの、と付け加える。
「あー大丈夫。進級できる程度にはしてるから」
変なとこ真面目っていうか、ちゃっかりとずる賢いっていうか…
「そもそも、担任の先生何も言わないの?」
私の質問を聞いた彼が、ニヤリと笑う。
「なに?俺のことそんな心配なの?」
「違っ!いや、心配じゃなくて質問してるだけよ」
あんたが心のケアがどうとか言うからでしょーが、と睨みつけた。
平常心、平常心。
「担任は、俺が病弱なんだって思ってるみたいだから何も言ってこないよ」
「……そう…」
『ラッキー』と言って、彼はニコニコしている。
ラッキーな彼と反対に、私はものすごく困ってるんだけどなあ、
なんて、嫌味の一つでも言おう思ったけど
また変に揶揄われそうだったからやめた。
「…これで満足?心のケア」
「まだ。足りない」
小町くんがそう言って立ち上がる。
何をするのかと思えば、枕元にあった椅子を私のデスクの横まで引っ張り、そこに腰掛けた。
少し大きめのデスクの上に資料の束や本が置いてあり、横にはペンケースなどの文房具。
そして私が向かい合っているパソコン。
デスクの余ったスペースのところでまた頬杖をつきながらこちらを伺ってくる小町くん。
男の子っぽくない、甘い お菓子みたいな香りがフワリと鼻をかすめた。
「ねぇ先生、俺のこともっと知ってよ」
距離が近いせいか、憎たらしかったこの笑顔も、綺麗な肌と形のいい唇で、まるでドラマのワンシーンみたいだ。
見惚れそうになった自分を頭の中でぶん殴り私は手を動かすスピードを上げた。
なるべく彼を視界に入れないように、目の前のことだけに集中力を捧げる。
「生徒には必要以上干渉しないようにしてるので」
キッパリと断ると、彼は表情ひとつ変えずに
「ふーん。…ま、謎多き男も魅力的だしね」
と訳のわからないことを言い出した。
思わず吹き出しそうになったのを、必死で堪える。
何よ、謎多き男って。
「あ、そうだ。俺先生に言いたいことあったんだった」
「なんですか?」
「俺__
ーキーンコーンカーンコーン…
何か言おうとした小町くんの言葉を、チャイムが遮った。
「タイミングわる…」
顔をしかめる小町くん。
「なに?なんなの?」
「やっぱいーや、忘れた!」
「はぁ?」
「じゃ、俺行くわ。またね、先生」
あっというまに保健室を出て行った小町くんの背中を、私は呆然と見つめていた。