「彼女は極悪非道な男に騙され捨てられたんですよ。母子ともに。そんな男の存在を専務は知らないはずはないでしょう?」
「俺に挑戦するのか?」と言いたくなる透だが、ここは堪えろ!と自分に言い聞かせていた。
「そうだな、しかし、そのとんでもない噂は良くない。
第一、彼女の元に息子の父親は戻ってきたんだ。少しは温かく見守ってやれないか?」
「ええええっ?!! 極悪人が田中さんのところに戻ったんですか?!
それ、絶対にヤバイですよ! 俺の田中さんがどうしよう!!」
透と吉富さんの話を完全に分かっていない江崎さんがまたもや不可解なことを言いだした。
「俺の田中さんが困ったな! 絶対にその昔の男にまた騙されるんですよ!! 俺が守ってやらなきゃ!」
「江崎さん、どうどうどう・・・」
興奮した江崎さんを宥めるように背中を叩いて別の場所へ移動させようとする岩下君。
相変わらず冷めている岩下君だ・・・
そんな二人を横目で見ている透と吉富さん。いったいこの妙な男なんだ?!と冷たい視線が江崎さんを襲う。
「しかし、専務、それはそれで不味いんじゃないですか? 万が一彼女に害でも及ぶようなことがあれば。」
部長も江崎さん同様、何も分からずにただ私の心配だけをしてくれていた。
「それはないかと・・・」
透は極悪非道な男が自分だと言われているかと思うと言葉に詰まりそうになる。
そんなに俺は酷いことをしたのか?と少し心が痛む透だった。
「いいえ!! 田中さんはずっと泣いていました! 相当な悪なんですよ!! 専務はご存じないからそんなこと言えるんです!
私は田中さんからずっと話を聞かされて、それはもう可哀想で残酷でこの世のこととは思えない程悲しいお話でしたよ!!」
私が「芳樹ともども捨てられただけよ」と話したのをここまで美化してくれた・・・・かなり、話が独り歩きしている様な気がする・・・
「彼女は誰?」
透は、私のことを力説する坂田さんを珍しいものでも見るかのように指さした。
「田中さんの同僚で坂田と言います。」
「あ、そう」
この部署は面倒なヤツが多いと透はひとり心の中でそう思っていた。