いったいこのフロアには何人の社員が残っているのだろうか。


ところどころから聞こえる椅子の軋み音やパソコンのタイピングの音、コピー機の動く音が聞こえる。


静かだからこそ他の部署の仕事の音も響いてくる。


そんななか透の姿を見つけると私の心臓はドキドキしてしまう。


スーツ姿の凛々しい姿を見るとどうしても見つめてしまう。


なんて情けないのだろう。


透がいるから会社を辞めると決めたのに、透の目を見つめるだけでこの思いを打ち壊したくなる。


自分の心の中に透がこんなにも大きな存在で残っているなんて思い知りたくなかった。


どうしても透を見ていると悲しさが込み上げてしまう。


誰もいない商品管理部門のデスクに一人だけいても余計に虚しくなる。


バッグを手に持つと急いで廊下へ出て行った。


透は何をしに来たのか私の姿を見ると足が止まっている。


かと言って何か言うわけでもなく何もすることもない。


ただ、無言でしかも無表情でそこに立っているだけだった。


私はそんな重苦しい空気の中にいつまでもいたくなかった。


エレベーターを待つ時間が苦しくて階段を使って降りて行った。


そんな私を透は追いかけることはしない。


ただ、遠くから見ていただけ。


いったい何をしにやってきのだろうか? 


私を思い通りに動かせないことへの苛立ちなのだろうか?


透とはもう終わった関係なのに、どうしても心も体も透を求めてしまう。


透を見れば見るほど透が誰かのものだと思いたくない。


自分だけのものにしておきたくなる。


こんなに、まだ、透のことを愛しているのだと気付きたくなかった。


どうしてこんなふうに私を追い詰めるの?


他の女との結婚を選んだんだから、私のことは、もう、放っておいて。