透は周囲の野次馬などには目もくれずに私を直視した。


「お前は自分が壊した会社の備品の弁償もしないで逃げるのか?」


透に冷たく言い放たれる。


そんな言葉で私を脅そうと言うのかしら? そんな脅し文句には負けない。


弁償しなければいけないのであれば弁償する。 だからと会社に在籍する必要はないのだから。


「請求書を送ってください。それと入金口座も。お金は振り込みます。
それから、はい、辞表です。 では、失礼します」


こんなこともあろうかと退職届は数枚準備してきた。


破られても次の退職届を渡すだけだ。


すると透は受け取った退職届を見ることなくその場で破り捨てた。


連続して破られてしまうと部長や課長はオロオロしだす。


どう反応していいのか分からないのだろう。


ここは専務である透の機嫌取りをした方が得策と考えるのは普通だ。


部長や課長らが透に必死に頭を下げて私の非礼を謝っていた。


そんな奴に頭を下げる必要はないのよ。


会社を辞めたいと退職届を提出したのを、透が自己判断で勝手に破いているのだから。


いい迷惑だわ。


私はデスクの引出しからバッグを取り出すと透を無視し商品管理部門から出て行った。


私がバッグを持って部屋を出たためにまた早退するのではないかと同僚の坂田さんが私の後を追ってきた。


坂田さんには申し訳ないが、私はここを退職する決意は変わらない。


しかし、このままでは埒が明かない。


透がいるときっと私はまた透に振り回されてしまう。


透から離れるためには人事課へ行くしかないと思った。


私は人事部長へ退職届を持って行った。