新婚旅行だからと意識することではないのに、やはり、加奈子を見ていると心が落ち着かない。


今すぐにでも抱き締めてキスしてその服を剥ぎ取りたい衝動に駆られてしまう。


すると、玄関口の方から仲居さんの声が聞こえてきた。



「はい、どうぞ。」


「失礼致します。本日は当旅館をご利用いただき誠に有り難うございます。」



和服姿で現れたのはこの旅館の女将だった。


柔らかい物腰でとても品のある素敵な50代くらいの女性だ。


歩く姿も慎ましく綺麗な足取りに目を奪われてしまいそうになる。



「何かご不便なことはございませんか?」


「とんどもない!ここは素敵なところですね。露天風呂も素敵で今から楽しみなんですよ。ね、透。」


「え、ああ。それに、周りの景色も見事ですね。立派なお庭といい見応えのある景色に満足しています。」


「夜になるとライトアップされますし、お庭は遊歩道にもなっておりますので、プライベートな空間でのお散歩を楽しめますよ。」



実に気配りもできていて客に配慮された旅館だ。


まさにお忍び専用旅館だ。


と、その事については加奈子には秘密だけど。


折角の新婚旅行はこうでなくては楽しめそうにないからな。


女将は深々とお辞儀をすると俺達の部屋から出ていった。


すると、さっきまでにこやかな顔をしていた加奈子が不機嫌な顔をした。



「何か気に入らないことでも?」


「美人の女将さんに見とれていたでしょ?!鼻の下伸びてるわよ!」


「気のせいだよ。俺は加奈子に見とれていたんだよ。」



女将に見とれていたのではなく、女将の立ち振舞いや仕草に見とれていたんだよ。


女性は動き一つでその場の雰囲気を変える力を持っている。


そんなところを加奈子が学んでくれると嬉しいが、まだまだ我が家の新米花嫁では先の話になるだろう。


だけど、嫉妬に狂う加奈子を見れるなんて嬉しいな。


ここへ連れてきた甲斐があったと言うものだ。