「加奈子、新婚旅行へいってらっしゃい。」


「お母さんは私達の事に口を挟まないで。」


「私が言わなきゃ誰が言うの? 結婚式を挙げたら新婚旅行へ連れて行ってもらうのよ。 そしてね、幸せな写真をいっぱい撮ってきなさい。いずれ芳樹にその写真を見せる時が来るのよ。」


「でも、」


「2・3日でもいいのよ。行先なんてどこでもいいのよ。二人が行きたいところへ行って思い出を作ってきなさい。一生に一度しかないことなのよ。」



本当に親には敵わない。


きっと、俺が説得しても仕事を優先させて新婚旅行なんて後回しにされただろう。


ほんの一言で加奈子の意見を覆せるのだから、親を敵に回すものじゃないと勉強になった。



「加奈子、今日は親父もお袋もいるし増田もいる。ここは皆に甘えて新婚旅行へ行こう。」


「でも、あまり会社を休みたくないわ。」


「じゃあ、2泊3日の近場の温泉旅行はどうだろう?日頃の仕事の疲れを取ろうじゃないか?」


「そのくらいならいいわよ。」



義母の力も借りての新婚旅行は車で二時間程の所にある温泉旅館だ。


ただし、折角の新婚旅行だから誰にも二人の時間を邪魔されたくない。


温泉旅館とは言っても普通の旅館じゃない。


お忍びでのんびり過ごしたい人向けの戸建てタイプの別荘のような温泉旅館だ。


小さな建物が敷地内にチラホラと建っている。


お互いにプライベートを楽しめるように程よい感覚の距離がある。


まるで、別荘に来ていて俺たち二人しか居ないように感じるが、ここは温泉旅館だからルームサービスはあるしフロントもある。


食事の時間になれば部屋へと食事が運ばれるし、仲居の出入りもある。


完全な二人きりとはいかないまでも十分にハネムーンを満喫できる所ではある。



「加奈子、こっちへおいで。」


「露天風呂なのね。夜にはお月さまを見ながら入るのね!素敵だわ!」


「夜が待ちきれない?」



もしかしたら俺達は初めて二人だけで一緒に過ごさないか?


そう思っていたら心臓の音が大きく鳴り響いてきた。


既に一緒に暮らしている夫婦なのに、今更二人同じ布団に寝るのも何時もの事なのに、何故か加奈子が眩しくて心臓の音が静まらない。