そして、いよいよ加奈子の体調も完全に元に戻り会社へ復帰する日がやって来た。
俺達が出勤する間は芳樹はお袋と増田に任せることにした。
万が一、二人の手に負えない場合はベビーシッターを雇うことを決めた。
芳樹はこれまで寂しい思いをさせてきたけれど、今では昼間は祖母と一緒に楽しい時間を過ごしている。
以前より明るく元気になった芳樹を見て加奈子は少し涙目になっていた。
「どうしたんだ? 加奈子、具合でも悪いのか?」
俺が心配して加奈子を抱き寄せると加奈子は無言のまま首を振っていた。
言いたいことがありそうだったが、ただ、加奈子は俺に抱き着いて涙を流していた。
「化粧が落ちてしまうぞ。加奈子、一度部屋に戻ろう。」
入籍後は俺の部屋が俺達二人の寝室に変わった。そこには俺だけの荷物だったのが、今では加奈子の荷物が俺の部屋の大半を占領している状態だ。
その部屋で少し落ち着かせようと加奈子をドレッサーの前に座らせた。
「せっかくの綺麗な顔が台無しだ。」
「ごめんなさい。今から出社しなきゃいけないのに。」
「芳樹と離れるのが辛いのか? お袋たちの子守では安心できそうにないなら急いでベビーシッターを探すよ。」
「違うの。私が会社行くときはいつも辛そうな顔をしていた芳樹が、いつも私と離れるのを我慢しているのに、ここに来てからは私がいなくても嬉しそうに過ごしているの。今だってあんな笑顔で送り出そうとしてるのよ。」
きっとこれまで芳樹に辛い思いをさせてきたことに加奈子は心を痛めたんだ。
今の芳樹には俺達両親だけでなく祖父母もいるし芳樹を大事に思ってくれる増田もいる。
こんなにたくさんの家族が今の芳樹にはいるのだ。もう、加奈子と二人だけの生活の時の様な寂しさを味合わせることはない。
「私が意地っ張りだったから、芳樹から家族を奪って寂しい思いをさせてきたのは私なんだわ。」
「違うよ、俺が一番悪いんだ。加奈子はあれだけ一人で頑張って来たじゃないか。全て俺が悪かったんだ。」
泣きじゃくる加奈子が愛おしくて俺は抱きしめていた。