「た、食べられるわけ…ねぇだろ…」
「早く、口を開けなさい」
下唇を切れるのではないかと思うぐらい噛み、稲生は固く口を閉ざした。
何が何でも開けないし食べない、という稲生の意思表示だった。
それを見たカレは、ふう、とわざとらしく大きな溜息をついた。
「しょうがないですねぇ…」
カレは持ってきた鞄の中から、大きなペンチを取り出した。
それを鋏のようにカチャカチャ音をさせながら、稲生の顔へと近づけていく。
「うっ…ああああああああああっ!」
稲生の上唇と下唇の間に開いた、わずかな隙間。
そこに貴魅は上手くペンチを潜り込ませ、思い切り挟んだ。
再び倉庫内に、稲生の絶叫が響いた。
その口を開けた瞬間に、急いで左耳を放り込んだ。
唇を突如挟まれた痛みにより、左耳を突っ込まれたことを知らなかった稲生は、そのまま口を閉じてしまう。
気が付いた時には、無意識のうちに歯で噛んでいた。
まるで刑事ドラマで、毒を仕込まれた被害者のように、稲生は喉を鳴らし、嘔吐物と共に吐き出した。
「アハハハハハハハハッ!」
その様子を貴魅はまるで、幼い子どものように、目を細め口は孤を描き、笑っていた。