「ことの発端は戦前にまで遡るわ」
暗闇に、ポッと女の生首が浮かぶ。
その正体は遥香だった。
無表情のまま、懐中電灯を顎に当てて訥々と語り出す。
ある華族がひとり娘の誕生を祝って、腕利きの職人に雛人形を作らせた。
精魂こめて作られたそれは、成長した娘が嫁ぎ、また新たに生まれた娘へと引き継がれて、さらにまた生まれた娘へと渡っていく……はずだった。
終戦を経て、疲弊と混迷が漂う昭和初期。
桃の節句を前に、一家は惨殺される。
犯人は、その家に仕えていた使用人だった。
財閥を解体され、暇を出された恨みなのか。
結婚を控えた娘に密かな想いを寄せていたのか。
真偽のほどは定かではない。
犯人の男は狂ったように暴れ、家族を殺したあとに自らも首をかき切った。
その時の血飛沫が、雛人形に付着してしまう。
当然、悲惨な事件を忘れたい親族は形見分けもせず、全ての家財道具を手放した。
ほぼ叩き売りのように流れた物の中には、あの雛人形もある。
偶然に手にした職人がついた血を消せないか、修理を試みた。