「ふざけんじゃないわよ」
思いきり、けッと吐き捨ててみる。
「本命がいるなら、早く言えっつの」
ぶつぶつたれる文句も、見慣れた長い廊下に吸い込まれいった。
柔らかい明かりの中、ぶらぶらとした足取りで帰途につく。
疲れてるし、さっさとシャワーを浴びて寝たいし、長居する理由もないのに、どうにもキビキビ行動できない。
ついつい深く眉間に皺が寄る。
不運な出来事は、重なるものだ。
知らない内に、何か祟られることでもしたんだろうか。
井上 真矢(いのうえ まや)。
昨夜、五年間の片想いにピリオドを打つ。
この第五研究所に就職して、研修などで接する機会が多かった同僚だった。
研究室は別々だったけれど、顔を合わせれば他愛ない世間話をするくらい。
最初は、ぼんやりとした好意しか持っていなかったけれど、誠実そうな人柄がぐいぐいと人の心に侵入してくる。
柔らかな物腰と爽やかな笑顔には、ドツボに嵌まったとしか言いようがない。