世話しなく変わる街並み
行き急ぐたくさんの人々
息が詰まるような、目眩がするような、
虚偽ばかりに包まれた、醜いこの世界。
きっと私はこの世界に向いていないと思う。
そんな世界から逃げるかのように私は
この小さな世界に身を潜めていた。
夜の11時をまわった頃。
バタンと音がすると、近付く足音。
そして、その足音は私の近くで止まる。
「ただいま」
そう小さく言うと今度は遠ざかる足音。
私はゆっくりと体を起こすと、
静かにリビングへと足を運んだ。
「おかえり」
私はソファに座る彼に向かって言う。
すると、彼は少し驚いたようにこっちを見た。
「...まだ起きてたの?」
そう少し困ったように微笑む彼。
私は静かに頷いた。
ネクタイを緩めながら彼は扉の前に立つ私に
「...おいで」
そう言うと、彼は私に向かって手を伸ばした。
私はなにも言わず彼のその手をとる。
そんな私の行動に彼は少し満足そうに、
安心したかのようにクスッと笑った。
そのまま私は座る彼の前に立つ形となった。
窓を閉めていても、
カーテンを閉じていても聞こえてくる。
激しい雨の音や
それに混じるサイレンの音。
「....お仕事、お疲れ様。」
私がそう言うと、彼は静かに目を瞑る。
「...ありがとう」
「...ねぇ?」
「ん?」
彼は目を瞑ったまま、優しく返事をする。
「...この世界に私はいつまでいるんだろ」
私がそう言うと、
彼は目を開き私の瞳の奥を覗きこむ。
「...どうして?」
「........」
その彼の問に答えられずにいる私に
彼は続けて言うのだ。
「この世界に、いたくないってこと?」
「....わかんない...」
そんな答えをする私に彼は
また、少し困ったように笑った。
「....そっか」
「....だって、この世界はこんなにも醜い」
私がそう言えば、彼はまた目を瞑った。
「...そうだね。」
でも、と彼は言う。
「そんな醜い世界で僕らは出逢ったんだ。」
そう言って、彼は私の手を力強く握った。
「.......」
「...だから、きっと醜いばかりじゃないよ」
「.......」
「...僕は少なくとも
君と出逢えたことに、感謝してる」
彼は私の背中に手をまわす。
そして、私の腹部に顔を寄せた。
「もう少し僕と一緒にこの世界で頑張ろう」
そう言って。
私の世界が少しずつ変わっていく…
そんな気がした。
*end*