「六本木診療所」

看板は、あのころのまま、診察室の中も なるべくあの当時のまま 直しながら続けているのは 康介の 老医師への敬意と彼のポリシーでもあった。

愛恵は、笑いながら
「新しくしたらいいのに」と言うが、彼が ここに どのくらい愛着があるか わかった上で この診療所を 彼女もまた、大切にしていた。


そんなわけでなのか…

康介には 浮いた話も 浮いては、すぐに消えた。

今まで 付き合った彼女は 皆 違うタイプ なのに…

必ず 最期には

「アナタはこの診療所と結婚したらいいわ」


と… 口を揃えて言った。

何回… 何人に 同じ事を言われたのか… もう 康介の中で 諦めている ことだった。


たまに 思う。


自分も あの 老医師のように 最期は 寂しく 独り 逝くのか…

いや。

彼には…家族がいた…。
たくさんの 彼を必要としていた人がいた…。

「俺は?」


独りが 嫌なら さっさと結婚でも なんでもすればいいのだ…


彼は何事に対しても 冷静だ。

なのに ひとつだけ、不確かなことがあった。

気付いてはいたが、

なんとか 持ち堪えられる。

今まで そうしてきたように。

…それは これからも変わらない。