「佐久ちゃん!」

懐っこい顔で、れんや君がやって来る。

「どうしたの⁉︎ なんで私服⁉︎ 」

母が倒れたことを知らない。
マネージャーは、その話を誰にもしてないみたいだった。

「うん…ちょっとね…」

急ぐから…とすぐに場を離れた。
惹かれてたハズだけど、ちっとも心が揺れなかった。

惹かれてた理由も、不思議なくらい覚えてない。
未練も何もない…というのは、こんな気持ちのことを言うんだ。


最上階に着いて、大きな息を吐いた。
マネージャーの仕事する部屋とは隣同士の事務室に入り、今回の一件を話す。
総務部長は大変だったね…と労いの言葉をくれて、3日間だけ有給を取ってもいい…と言ってくれた。

「悪いけど、それ以上は無理だよ。君自身が病気で入院してる訳じゃないんだからね」
「それでも助かります。ありがとうございます」

頭を下げた。

今日のような調子なら、母の回復はきっと早い。
毎日お見舞いに行かなくても、入院中はきちんと服薬管理をしてくれるだろうから安心だ。

(問題は、復帰した後のこと…)

泰の世話や家事一般、全部任せる訳にはいかない。
これまでと同じ事を背負わせて、また倒れられたら困る。

人事部長と会って、退職の意向を示した。
部長はとても残念がって、「山崎君には話したのかね?」と聞いた。

「マネージャーにはまだ何も。…でも、自分で言いますから…」