警察署を後にしたとたん、
「――うっ…ううっ…」

糸子さんが顔にハンカチを当てて泣き出した。

「お母さん、しっかり…!」

倒れそうになる彼女の躰を聡子さんが支えた。

「――孫が…孫がどこの馬の骨ともわからない男と一緒に駆け落ちをしたことが世間に知られてしまったら、『黄瀬病院』は世間の笑い者になってしまう…!」

糸子さんはわーっと声をあげて泣いた。

「藤本さん…」

黒崎さんが声をかけてきたが、俺は返事をすることができなかった。

もし…もし朝貴が駆け落ちをしたことが世間にバレてしまったら、今の今まで頑張ってきた努力が水の泡となって消えてしまう。

店員が客の女に手を出したうえに彼女と一緒に逃げ出したことを世間が知ってしまったら、地道に頑張って繁盛をした店の評判が落ちるのは目に見えている。

“客の女に手を出したうえに逃げた最低な店員がいる店”――そのレッテルを貼られてしまったら、俺はもう2度と前を向いて生きて行くことができないだろう。