「夏海、合わせたい人がいるの。今、出かける準備できる?」


当時、小学4年生だった私に、母が淡々とした口調で言った。


私は、絵を描く手を止めて、準備をし始めた。



「ねぇおかぁさん、誰に会うの?」


母は、フフフっと笑った。


「内緒よっ」


「えーなんでー?」



――会うな、私。


――今からでも言って。「会いたくない」って。


――きっと後悔する。


――いや、きっとじゃない。






――絶対だ。









玄関に出て、車に乗ると、母はいつもより上機嫌で言った。





「きっと、夏海も気に入るわよ」




「ホントに!?楽しみだな」


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「こちら、仕事仲間の晴義さんよ。仲良くしなさいね」


その人の第一印象は、ふんわりしていた。


やさしそうな瞳に、あまり高くない背。



子供目線で話してくれそうだった。



「よ、よろしくお願いします・・・」



人見知りな私はちょっと緊張した。




「はい、よろしくね。夏海ちゃん」



頭をぽんぽんしてくれた。やさしいな。










それからわずか一週間後に、晴義さんと、母は結婚した。



結婚って言っても町役場の前で写真を撮るだけ。


子供の頃夢見た、あの結婚式とは違う。



女の人が真っ白のウエディングドレスを着て、花を投げる。


現実的な結婚に、私はあたふたしてしまった。






写真をとった後は、新しい家を見に行った。



母と私の二人暮しの時に住んでいたアパートとは違う。


白と黒の、大きな一戸建てだった。




家には係りの人がいて、母と晴義さんは話している。


私は家の中を探検した。



ひとつの家に2つのトイレがあってびっくりしたり、


新しい家のにおいがしたり。





「よし、ここに決めるか!夏海ー、降りてきなー」



「はぁーい」







次の日は荷物を運んで、新しい生活が始まった。


その日からは、一人部屋だったし、文句はなかった。





だが、私のうきうきした気分も、1ヵ月後にはもう壊れはじめていた。








晴義さんと暮らし始めてみると、自分たちの生活とはまるで違う。



お酒を毎晩近所のスーパーで買ってきて、


飲んだくれる。



タバコは毎日のようにすっていて、たまにけほけほしてる姿は見苦しかった。



会社の部下もたまに家に来て、一晩中飲みまくる。


時には、酔って部下に手を出すこともあった。



ストレスだろう。


会社はうまくいっていなかったし、お金もない。



給料が入っては、お酒に費やす。





お酒が入った晴義さんは、別人のようだった。




(あんなのお父さんじゃない。早く戻ってよ、やさしいお父さんに)










さらには、母に手を出してしまった。



「お前のせいなんだよ!!俺がこんなに怒っているのは、誰のせいなんだよ!!」


手で母の顔をぶつ。


そのたびに母は、「ゴメンナサイ」「ゴメンナサイ」といっている。



涙を流して、いっている。



「ごめんなさい!!ごめんなさい!!」













もうこの家族は、だめだと思った。





その1週間後、母と晴義さんは離婚した。






おばあちゃんに助けを求め、強制的に離婚届を出してもらったのだ。







「ごめんね。恐い思い、させちゃったね。ごめんね・・・。うっ・・・うっ・・」



「お母さん・・・。うっ・・・グス・・・・」













あの出来事から、2年がたつ。




私、米原夏海は、小学6年生だ。




あの忌まわしき記憶は、まだ残っている。



もちろん、あいつの恨みも。


いつか、復讐してやる。




いつか、きっと。










「――ねはら・・・――よねはら・・・米原!!!」



「ふわぁ・・!?」



「何が『ふわぁ!?』だ!!授業中だぞ!」




「あ、すいません」




クラスに笑い声が響く。



あ、そうか、今の・・・夢か・・・。





走馬灯みたいだったな。




いやな夢。





普通楽しいことでしょ、夢ってのは。




はぁ~最悪。








「で、だ。米原」




「はい?」




「お前はぐっすり寝てたから、聞こえなかったと思うから、もう一度言うぞ。米原」




「はいはい。なんですかー、桜庭せんせー」




「転校生が来たぞ。良かったな。お前の隣だぞ」



「転校生?どこにいんの。見あたらねーけど」



教室中を見渡して言う。




まだ5月だから、顔と名前は一致していないけど、なんとなくは・・・まあ。




「学級委員に連れられて、校舎見学だ。休み時間にあいさつしろよ」




「はーい。つーか桜庭せんせ、今日は一段と光ってますね、頭」





「う、うるせー!!!」




そう、桜庭浩一郎は、『学校一頭に特徴がある先生ランキング』第一位なのだ。


誇れよ、桜庭せんせ。


「そもそもそんなふざけたランキング作ったのお前だろー!?広報委員の委員長!」




「でも投票したのは生徒ですよ?私はなぁーんにもしてましぇーん」




いかにも「嘲笑ってます、あたし嘲笑ってます」みたいな目つきで言ってやった。




あ、桜庭、マジギレしてんな。あららー顔真っ赤になっちゃって、たこみたい。



ガラッ



「あ、戻ってきたみたいだぞ」




う、うわぁ・・・。かっこいい・・・。





短すぎでもなく、長すぎてもない髪の毛。



切れ長の目。





私は確信した。






そう。ほれたのだ。





かがみ見てないけど、確かに顔が熱くなってゆくのがわかる。








これが、私の・・・
























初恋となった。