フライパンの中で卵が焼ける音が響くキッチンで食器を準備しているリディルの姿を、廊下の陰に立つソードウィッチは静かに見つめていた。


(世話になったせめての礼として、痛みも感じさせずに終わらせてやろう…)


意を決したようにソードウィッチは柄を強く握りしめ、ゆっくりとキッチンの中へと足を踏み入れた。


その時だった。


『ゲホッ…!!』


食器棚の側に立っていたリディルが突然その場にしゃがみ込み、激しく咳き込みだしたのだ。


両手で口を塞ぐその指の隙間からは、鮮血が溢れ落ち床に滴る。


『はー…はー…』

ようやく咳が治まった様子のリディルは肩で息をしながらゆっくりと、キッチンの入口のところで剣を握り下着姿で立つソードウィッチへと視線を向けた。


『ソードさん…』


リディルは驚いたように一瞬目を見開いたが、すぐに俯いた。


『流行り病か』


ソードウィッチの言葉に、リディルは少し間をおいた後、無言で小さく頷く。


『なるほどな…。
貴様が独り暮らしなのも、メイドが逃げ帰った理由も…これで解ったぞ』


ソードウィッチは満足げに微笑んだが、すぐにギョッとした表情になった。


『な…何故泣く?』


リディルが突然ポロポロと涙を溢しだしたのだ。

『すみません…すみません…。
僕は…酷い人間です…』

リディルの嗚咽混じりの言葉の意味が分からないソードウィッチは涙を流す美しい少年を、呆然と見つめていた。


『おい…泣くな。どうしたんだ一体…』


ソードウィッチは、リディルを殺すつもりだったことも忘れ、そっとその柔らかい髪に触れた。


『貴女に…病気をうつしてしまうかもしれないのに…、独りになりたくないばかりに…僕は…貴女に何も伝えず…』


リディルの言葉に、ソードウィッチは溜め息をつくと、その後に大きく息を吸い込んだ。


『愚か者ぉお!!
崇高な魔女である妾に、人間ごときの病気がうつるわけなかろぉお!!』


その怒鳴り声でリディルは涙をピタリと止め、息を荒くしているソードウィッチを見つめた。


『魔女…?』