「急いで帰りなよ」

 そう言ったのだが、
「いや、これは食べる」
と真人は言い出す。

 ええーっ、と莉王は声を上げた。

「せっかく作ったんだ、お前も食え」

「遅刻するーっ」

 真人のスーツがないのも問題だが、私が化粧してないのも問題だ、と莉王は洗面所に走った。

「口紅だけ塗ってりゃわかんないって」

「わかるわよ。

 真人、スーツ取りに帰りなさいよ。

 あー、でもなあ。

 真人が女の子なら、給湯室行ってましたとかで誤摩化せるんだけど」

「いいよ。
 服部さんに、ホワイトボードにどっか出先の名前、書いてもらっとくから。

 そんで、さっき一度、見ましたって証言してもらう」

 服部さんというのは、真人と同じ営業の人のいい先輩だ。