―――――第5区 渋谷
かつては若者で賑わい
眠らない街の一つであった。
ネオンの光、
ごった返すスクランブル交差点、
多方面につながる地下鉄…
それは日本の中心地のひとつであった。
現在、渋谷は法と裁きを司(つかさど)る
『司法区』として機能している。
若者で溢れることはなく、黒いガウンを着た人間が
しきりにせかせかと歩き回っている。
一言も言葉を発せず、まるで人形のように
歩き回る。
しかし、ぶつかることなく、蟻のように
決められた順路を歩いているようだ。
彼らはみんな司法関係の人間なのである。
ここ第5区司法区は
特別安全地区のひとつである。
特別安全地区とは
絶対的な安全を約束された区域のことである。
その特別安全地区で事件は起きた。
ガチャ…
「もっのすごーい人だかりだね☆」
「そりゃそうよ、特別安全地区で事件よ。
おべっかさんは黙ってないでしょうよ」
現場は司法区最高裁判所。
当時の最高裁判所と下級裁判所のように、
高等裁判所、地方裁判所、家庭裁判所、
簡易裁判所といった区分はない。
すべての刑事民事関わらず、
この司法区最高裁判所にて罪は裁かれる。
建物の回りは規制線ではりめぐされている。
ここだけは蟻の行進が止まっていた。
まるで喪服を着た参列者の葬式だ。
「舞愛、お願いだからそれ置いていきなさい。」
頭を抱える華恋。
「えー、やだょぅ、ビビはあたしの相棒だもんっ♪」
そういって、舞愛は黒うさぎのぬいぐるみを
ぎゅっと抱きしめた。
「意外に早かったな」
小柄で小太りの中年おやじが
低い声で話しかけてきた。
この慣れないきつい香水が華恋は苦手であった。
煙草と香水の入り交じった臭いが
寝不足の神経に余計響く。
古淵泰蔵、43歳。
華恋と舞愛の上司である。
恋愛刑事には階級が存在しない。
古淵は直属の上司には当たらないが
新米時代に相当世話になった人物だ。
「人質は皮肉にも区長だ
くれぐれも失敗は許されないぞ」
まだ寒さが残る四月の風がすっと
二人の間を通りすぎた。
空は一転しいつのまにか暗雲立ち込めていた。
「一筋縄じゃいかなそうね」
そういうとにわか
ぽつり、ぽつり、と暗い雨が降り始めた。
「さ、試合開始ね」
「ラジャーっ☆」
二人の試合開始を物語るかのように
雷鳴が鳴り響いた。