ユイの目線の高さにアレキサンダーの背中がある。

「親しい子に話せてるなら心配ないな」

 アレキサンダーが笑ったのが気配で伝わってくる。

 ユイは何も言わない。

 しばらく歩いてから、真剣な口調でアレキサンダーが再び口を開いた。

「悪かったな、キャスケが帰ってくるまで面倒見るって言ったのに。今日で最後になって」

 その話はしたくなかった。昨日パソコンにメッセージを受け取ったときから、必死に忘れようとしていた。

 本当は分かっている。こうしている間にも時間は過ぎていって、すぐにさよならを言わなければいけない時間になってしまうのだ。

「ううん」

 ユイは無理やり言葉を搾り出す。

「リアルのこと大切にしないと。仕事応援してるからね」

「ありがとう」

 アレキサンダーは前を向いたまま続ける。

「キャスケには今日で引退するって昨日携帯にメールしたんだけど、まだ返ってきてない。怒ってるだろうな。最後は必ず会おうって約束したのに果たせなかったから」

 ユイは反射的に首を横に振った。

 前を行くアレキサンダーにはもちろん見えない。

(キャスケットさんはメールに気づいているのに返信してないなら、怒ってるんじゃなくて、最後に会えなかったことがすごく、悲しいんだよ)