時刻は20時。

 東の低い空に、小さな花火が上がり始めた。

「あんまり見えないね」

 結衣は祥平に体を寄せたまま、遠くのマンションで半分欠けてしまっている花火を見つめた。

「ねぇ、覚えてる?」

 結衣は祥平の胸元を軽く掴んで、祥平の気を引いた。

「高校最後の年に、はじめてキスしたとき」

「うん」

「あの時も、花火見たね」

「うん」

 祥平は東の空の花火を見据えたまま、相槌を打つ。

「緑の花火が上がったら、キスしてもいい?って祥平聞いたよね?」

 結衣は少し笑う。

「あの時の祥平、かわいかったなぁ」

 祥平は結衣を見下ろした。

 結衣の視線は、もう花火に移っている。

 5年前よりも女らしい輪郭の肩や首、柔らかそうな頬に、愛らしい睫毛。

 さっきは嫌われるのを覚悟できついことを言ったけど、内心冷や冷やしていた。

 でも、例えどんなに泣かれても、前を向かせてやりたかった。

「結衣」

「―――」

 花火の音だけが、大きく響いてくる。

 今日ばかりは、鈴虫の声も聞こえない。

 結衣は祥平から少し離れて、問いかける。

「あれ?いま花火、緑じゃなかったよ?」

「関係ないよ」

 祥平は余裕の笑みで笑いながら、満足そうに結衣に言った。

「がんばろうな」