「俺は、いなくても、同じ?」

(祥平が、いなくなる…?)

 結衣の心に突然、とてつもない恐怖が襲った。

 カウンセリングに通いだしてから、祥平から毎晩1日も開けずに、今日の様子を伺う電話がかかってきていた。

「だいじょうぶか?」「今日はどうだった?」と結衣の脳裏に祥平の声が蘇る。

「昨日は眠れた?」

「今日は求人広告みれた?」

「カウンセリングがんばってるな」

「おやすみ、眠れなかったらメールしてくれれば、俺起きてるから」

 祥平は誰よりも心配してくれた。

 冷や水を浴びせられたように、急激に体中の熱が冷めていく。

(私、馬鹿なことを言ってる。祥平は他人ができる限りの、最大限の事をしてくれてるのに)

 結衣は祥平を振り返って、立ち尽くしたままの祥平の胸元にそっと頭を寄せた。

「ごめんね」

 その瞬間から、結衣にとって1番辛いことだった、『体の痛み』や『仕事へのトラウマ』が、逃げたくなるほどの現実ではなくなった。

(私にとって、1番辛いことは―――)

 結衣はわずかに震えながら祥平を見上げた。

「私、がんばるから。もう2度と治らないなんて言わないから―――だから、いなくなったりしないで……私のそばに、いて」

 子供に戻ったような結衣の必死な様子を見て、祥平は急に笑いがこみ上げてきた。

(なんだよ、これ)

 自分でも笑いたい衝動になったことが不思議でならない。

 たった今傷つけられたばかりなのに、許してしまう、いつもそうだ。

 この五年間、もう別れようかと1度も思わなかったといえば嘘になるけど、どんなに怒ろうとしても、思いもしない方向から反撃されて、その瞬間にはもう、怒りは笑いに変わってしまう。

 結衣のそばから離れられない理由が、これだと、今はじめて認識した。

 結衣が祥平を見上げていると、祥平はいつものように、鼻歌でも歌いだしそうな表情に変わり、星空を見上げながら、しっかりとした口調で言った。

「…いいよ。一緒にがんばろう」