深夜0時を回る頃には、部屋の住人たちの乾いた寝息が、いびきに歯軋りに寝言の三重奏に変わった。

 雑音と体の痛みでほとんど眠れないまま、朝になり、時期に朝食が運ばれてきた。

 とりあえずパンを取ってもらい、寝ながら口に運ぶ。
 
 先が思いやられる。

 そう思いながら、ちまちまかじっていると、結衣のベットの周りを囲んでいたカーテンの隙間から、品のある1人の老女の顔が、突然覗いた。

「おはよう」

 そう言ってさわやかに結衣に微笑みかける。

 驚いて咀嚼途中のパンを飲み込んでしまった。

「…おはようございます」

 結衣が涙目になりながらそう返したら最後、次から次に住人たちが挨拶をしに来ては、結衣の素性をたずね始めた。

 シャーーーッと音がして、老女の1人が病室の大きな窓のカーテンが開くと、夏の朝日が病室を真っ白く照ら出した。

 上の空で聞いていた老女たちの声がしないと思えば、どうやらみな部屋を出て、トイレやら歯磨きやらに行ったらしい。

 結衣が上半身をわずかに起こすと、向かいのベットで、結衣と同じような状態で横になっている老女と目が合った。

(あの人は、私と同じで歩けないのかな)

「おはよう」

「……おはようございます」

 老女のベットの横の台の上では、ハイビスカスの花が花瓶の中で元気に微笑んでいた。

「孫が持ってきてくれたの」

 老女は結衣の視線に答えるように嬉しそうにつぶやいた。