「……オレに言うことない?」
 
 
 
 
今は使われていない教室に入るなり、
黒豆くんは腕をパッと離してこちらを向きながら言った。
 
 
何言ってんだこいつ自分から連れ出しといてよく言うぜ、と
内心毒づきながらもあえて爽やか笑顔を浮かべて答えてあげた。
 
 
 
 
「とっとと終わらせろブァカ」
 
「笑顔でよく言うね」
 
「じゃあ今すぐ転校しろこのおはぐろ」
 
「黒崎だから。使う場面違うし。……まさか覚えてないとか言わないよね」
 
 
 
 
覚えてないって……なにを?
あ、もしかして名前のことかな。
 
嫌だなぁ、名前のことならもう完璧にマスターしたのに。
 
 
むしろ男子の名前を――まぁリューは置いといて、
覚えていた事が快挙だと女の子たちに褒めてほしいくらいなのに。
 
 
 
 
「もちろん覚えていますとも黒川くん」
 
「……黒崎。よく黒のつく名字を次から次に考えられるね」
 
 
 
 
黒崎くんは呆れたような視線をあたしに向けると、
「名前のことじゃなくて」と言葉を紡いだ。
 
 
 
 
 
「……オレのこと覚えてないの?」
 
「――――……は?」