「えー、では、山下君が!美術の道具を忘れたので…山下君をモデルに肖像画を書きましょう!」


五月の風が頬をくすぐる。
と、ともに

「嘘でしょ」

心の声が漏れた。



*☼*―――――*☼*―――――


サラサラ…

みんなの鉛筆が画用紙を少しずつ黒く染めていく。

私は鉛筆を握ったまま動けないでいる。

山下が美術の時間割をしておらず、道具がないため、山下をモデルに絵を書けというのだ。




無理だ。


外からは体育のランニングの掛け声が聞こえるし、上からは音痴な音楽の先生の歌声が聞こえるし、前には山下がいるし。


…叫びたい。
逃げたい。そう言う衝動に駆られる。

が、なんとしても、作品を完成させなければ。内診が…。

周りではわざと、変な顔にして面白がってる男子や、クソうまい、本気で書いてる女の子や…。

なんでもいいから、取り敢えず書かなきゃ。
仕方なく、いつも以上に重たい鉛筆を走らせることにした。


こうやって見てみると、すごく綺麗な顔をしている。

綺麗な輪郭。
透き通った目。
広角が可愛らしく上がっている口。
男の子らしい凛々しい眉。


…はっ!

何してるんだあ、私はあぁぁぁぁぁあ!

取り敢えず書かなきゃ。

もう一度山下に視線を戻す。

…ばちっ

目が合った。
いや、正しくは合っている。

一度合った目がなかなか離せないでいる。

山下は、何もせずただただ私を見ている。
私も何もせずただただ山下を見ている。

どくん

どくん

どくん

一秒ごとに高鳴る鼓動。
鼓動が聞こえる事にまだ目が合っているのか、と変に照れる。

5秒…6秒…



その空気を解いたのは山下だった。


周りを少し確認してから
口ぱくで

「かいた」

と。私は首を横に降る。

少しくすっと笑ったあと
「かけよ」
と。

今きっと、私は耳まで真っ赤だろう。

涼しい風が早く書けと急かしている。
なびくカーテンが手を動かせと騒いでいる。

だけど、もっと山下を見ていたい、と言う気持ちが圧勝してしまうのだ。

にこっと笑った時の顔とか
友達にいじられて少し嫌な顔をしている時とか
授業の問題がわからなくて悩んでる顔とか

全部。全部を、今独り占めできている気分だ。


まだまって。もう少しだけ。

まだ離さないで。


まだ貴方を見ていたい。


まだ…


まだ…




そうこうしているうちに、授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。