主のいなくなった部屋。

猫の私は、お願いしたってどうせプリンはもらえないのだから、
急いでリビングへ行く必要はない。

私は、さきほど伏せられてしまったそれを静かに見つめ、想いを馳せた。

あの写真たてには、私がこの家に来るずいぶん前に撮られたものが入っている。

今よりもっと幼い彼女が、真っ白いレースのワンピースに身を包み、
にっこり笑顔で大きな花束を持って立っている。
その傍らには、彼女より幾らか背の高い男の子。
紺色のスーツを着て優しげに微笑んでいるはずだ。

私は知っている。

みいちゃんが、ずーっとずーっと、あの写真を飾ってきた理由。

時に、別の場所にしまわれたりすることもあったけれど、それでも決して捨てられることのなかった理由。

お母さんには、

「この写真の発表会のときが、一番楽しく上手にピアノが弾けたし。
このワンピースも好きだったの」

なんて言っていたけれど。

「着ていた白いレースのワンピースがね、そのときはウェディングドレスみたいに思えて。
まるで彼のお嫁さんになれたみたいで、本当に嬉しかったの。」

そう言って、彼女は私だけに教えてくれた。

当時を思い、幸せそうに。

今を思い、切なそうに。

"この写真、いいかげん捨てなきゃね"

これまでも、彼女のそんな言葉を聞いてきた。

だけど、今回は。

今回だけは、今まで聞いてきたのと、何か、様子が違う気がする。

何か、彼女は決心したように、思える。

ただ、それが、みいちゃんにとって良いことなのかが、私にはわからないけれど。

きっと今夜、彼女は心に決めたことを私に話してくれるだろうから、それまで待とう。

そんなことを考えていたら、リビングのほうから笑い声が聞こえた。

そろそろ、私も仲間に加わってこようか。

クッションから降りて、歩きだした。