そのとき、ロジーネが藤見さんにゆっくり語りかけた。 

「それは、あの『ロジーネ』の望みだったわ。人間たちのために、ほんものを味わってもらうこと。あなたは、藤見武道氏。あの『ロジーネ』が愛した人。私の中のプログラムに、あなたへの思いが残ってる。『ロジーネ』が、消える前に、プログラムにハッキングして書きこんだのね」

「面倒なことになってきたな。ロジーネ、さよならだ!!」

部長が、機械を差し向けて、ロジーネを消去した。だが、その少し前に、ロジーネは「愛のケーキ」を手にして、にっこり微笑んでいた。

「ブドー、ごちそうさま」

藤見さんは、男泣きに泣いた。僕は、ただ慰める言葉も見つからないまま、勝利の笑みを浮かべる部長を「楽屋」からたたき出すしかなかった。

藤見さんが、「愛のケーキ」にこめた、記憶を取り戻してほしいという願いが、ロジーネに理解できたかは、または天に届いたのかはわからない。だが、僕はマネージャーという身分を超えて、彼らの愛を信じたいと思う。






藤見さんは、あの悲しい事件からしばらく店を閉めていたが、最近、根強いファンの声援もあって、ついに店を再開した。店の名前は、「Grape and Rosine」になり、「愛のケーキ」は、ロジーネと藤見さんの悲恋にもかかわらず、愛の成就のために売れ続けている。

「愛のケーキ」には、焼印で「G&R」と押されることになった。多くの人は店名だろうと思うが、僕はそうは思わない。そこに刻まれたのは、おいしさという一瞬の口福に寄せた、藤見さんとロジーネの永遠の愛なのだ。

(了)