そうだ。もう、あたしには、何もなくて。


あたしという存在がなければ、幸せになれる人しかいない。


お母さんも。優季も。志貴先輩も。はるるんも。


あたしがいなくなれば、全て順調じゃないか。


瑠菜だって、本心ではそう思ってるじゃないの?


きっと、そうだ。


あぁ。全てが面倒だ。


立ち上がることも、おっくうに思えてきた。


けれど、まだ彼らと居たい。


矛盾。矛盾。矛盾。


正反対の意見が頭の中で混じり合う。


自分が何を思っているのかも、よく分からない。


どれだけ勉強したって、人間の根幹は変わらない。


矛盾ばっかりなあたしは、そのいい例。



天に手を伸ばすのを止めた。



その時、聞こえてきたのは、あたしの名前を呼ぶ声。


この聞き慣れた声、聞き心地のいい声、少し甘さを含んだ声。


無表情オバさんの声も、大人ワールド単語しか口走っていた声も、聞こえた。


心配、…してくれてるのかな。


もしかして、あたしを欲してくれてるのかな。


都合のいい解釈ばかりが駆け巡る。


自分の手が天を掴もうとしていることに気が付いた。


体と心は正反対のことを考えている。


とても、厄介で面倒で図々しい。


刹那。真っ黒な視界に、色が映った。


「ぇ、……っ、」


思いもしなかった出来事で、素っ頓狂な声が漏れる。


黒い中の一筋の綺麗な白。


何の白だろうか。


好奇心に背中を押され、その白に手を伸ばす。


大嫌いな白なのに。いつも目を背けたくなる色なのに。


伸びていく指先は、ひんやりとしていたと思う。


ちりん、ちりん。あの懐かしい音が聞こえた。



「美沙ちゃん、」



1度しか聞いたことのないのに、印象的だった。


たった10分しか会話をしていないのに、その儚さや哀愁や甘さなど沢山含んだこの声の持ち主は。



「さくら、さん……………?」