「優季、帰ったら何する?」


「寝る」


「うん。だよね。しょうがないから家庭訪問しないように頑張る」


「そうしてくれ」


「……と言われたら、やりたくなってくるのが美沙ちゃん心です」


「…来んな」


「ひどっ」


数メートル先の角を曲がれば、病院の前の桜並木だ。


「そういえば、優季。お母さんに連絡しなくていいの?」


「確かに」


「したら?あたし、まだ外居たいし、ほら角曲がったら桜並木の下にベンチあったよね?優季も一緒にベンチ座って、電話しようっ」


「ん。そうする」


また指に力を入れた彼


それがちょっぴり嬉しくて、腕を大きく振った。


クイック、クイック、ターン。


気分では勢いよく角を曲がって、桜並木にさしかかる。


ベンチは数十メートル先。


けれど、問題発生。


「誰が座ってない?」


「そうだな」


ちぇっ。優季と一緒にベンチに座って、プチお花見できると思ってたのに。


「どうする?」


「お前、お花見したいんだろ。座ってこい。俺はここで電話してるから」


「えっ。優季も隣に来て、電話しようよ」


「煩くて迷惑だろ。連絡なんてすぐだから、先行ってろ」


「すぐって言ったからね!言ったね!約束破ったら、針千本飲んで海に沈めるからね」


親指を下に向ければ、ぺしんっとおでこを叩かれた。


「物騒なこと言うな。すぐ行くから、待ってろ」

「……じゃあ、その封筒かして」


指を指したのは、合格すれば貰う入学手続きがなんやらなんやらの茶色の封筒。


「それ、人質。優季がすぐ来なかったら、その子に針千本飲まして海に沈めるから」


小さな吐息を溢した彼は、あっさり封筒を渡してくれた。


「ちゃんと、待ってろよ」


「うん。…………わっ」


温かな手が頭に乗る。


髪の毛をぐしゃぐしゃと乱されるけれど、頭を撫でられるのは気持ちいいし、嫌な気分ではなかった。


それに、この時の優季の顔が好き。


飴色の瞳が、優しく緩やかに細まる彼の目元が好き。


「じゃあ、ベンチお先してるね」


「あぁ」




桜はまだ蕾だった。