静かに停車する。
降りれば、目の前は一時間ほど前までいた所。
「さっさと歩いてちょうだい」
「へいへい」
歩を進めると、周り出す視界。
万華鏡のように、キラキラと輝き出す光。
波打つアスファルト。
これヤバイヤツだ、と思って、思わず鈴村さんの服の裾を掴んだ。
「ちょっと、離してよ」
「いいじゃん。こんくらいで、根を上げてたら、ハゲるよ」
「ハゲないわよ」
「知ってた?ケチってハゲるの」
「………………」
片手で少し旋毛(つむじ)を触り出す彼女。
「ちなみに、おじいちゃんがハゲてる人は要注意」
育毛剤買い置きしとこうかしら、と彼女が呟いたのを聞き逃してはいない。
「ってことで、部屋まで我慢してください」
「分かったわよ」
鈴村さんの弱点はまさかのハゲ。
美沙ちゃんメモにメモる。
あと、少し。あと、少し。
建物の中に入って、エレベーターに乗り込む。
もちろん、すれ違う人との挨拶は忘れてはいない。
チーン。と5階に到着を知らせる鈴が鳴り、鈴村さんと肩を並べて、廊下に出る。
あと、少し。あと、少し。
「美沙ちゃん、先に着替えてて。私も着替えてくるから」
「はーい」
あと、少し。あと、少し。
手を伸ばせば、もう少し。
パッと鈴村さんの裾から手を離して、ゆっくりゆっくりベットに近づく。