ひーひーふー。ひーひーふー。
深呼吸とは少し変わった呼吸法をしている彼女。
それラマーズ法だから。妊婦さんだから。
こんな些細なことにつっこんでいたら、ずっとつっこんでなくてはいけない。
ここは敢えてのスルー。
「美沙ちゃん、」
「だから、何。あたし、帰りたいの」
睨むような視線を向けられる。
もし、本当にここでお別れをしてしまうのなら、言わなくちゃいけないことがある。
「美沙ちゃん。俺、美沙ちゃんのことが好きなんだ」
「うん。あたしも好きだったよ。話は終わり?帰っていーい?」
「いやっ、そういう軽い好きじゃなくてさーっ!!」
なんなのこの子!
ほんっとこれ素なわけ‼?悪質!
「だから、俺の好きっていうのは、…っ、」
───恋愛の好き。
こんなところで気付くなんて、最悪だ。
もし、それを言ってしまったら?
志貴はどうなる?
きっと、志貴も恋愛感情で美沙ちゃんが好き。
教えてくれなかったけど、絶対好き。
俺も美沙ちゃんが好き。
志貴は多分、自分の恋は諦めている。
藤崎ちゃんの事もあって、美沙ちゃんに好きを言うことはないだろう。
もし、ここで俺が“好き”と言ってしまえば?
志貴は絶対に美沙ちゃんに好きを伝えない。
そんなの、嫌だ。
一生かかっても抜け出せないかもしれない藤崎ちゃんから、奇跡的に抜け出して。
それで、結ばれないとしたら、志貴はもっと壊れてしまう。
まだ言葉に出してないんだ。
まだ間に合うんだ。
自分の恋愛と親友の一生。
どっちが大切か、って?
そんなの決まってる。
「俺は美沙ちゃんが好きだよ。離れていても、親友だからねーん」
俺がそう言うと、彼女は満面の笑みを浮かべた。
「うんっ、ありがとうっ、はるるん!!」
そう言って、空き教室を飛び出した彼女。
志貴は、追いかけることもなく、ただ色のない瞳で彼女が出ていった扉を眺めていた。
志貴には、遠慮はして欲しくなかった。
けれど。
そう言った自分は、遠慮してしまった。