side.H
「待って、美沙ちゃん」
窓枠に身を預けていた彼女は、いつの間にか俺らの後ろにある扉に向かって歩いていた。
彼女が俺と志貴の間を通り過ぎたとき、香水にするには少し趣味の悪い香りが鼻を掠めた。
「…美沙ちゃん、」
彼女を無理やり引き留めた。
あれ…、こんなにも腕細かったっけ?
「何?はるるん」
彼女が俺と対峙する瞳はまっすぐで、揺れることはなかった。
「居なくならないで」
「そんなの、出来るわけないじゃん」
あぁまただ。この嫌な香りが鼻を掠める。
何でこの香りを美沙ちゃんが纏っているんだ。
嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い。
「痛いんだけど。はるるん」
「あ、ごめん…」
思わず掴んでいた手を離す。
「はるるん、双葉ちゃんまだ嫌いなわけ?」
ヘラヘラしながら、彼女は俺に問う。
容赦ないよね、この人。
「別に嫌いじゃない」
「へぇ。じゃあ、さっきの何だったの?」
「…………別に理由はないけど」
「ふーん」
また、だ。鼻を掠めるこの香。
不快な香りに顔をしかめた俺を、彼女はふっと笑う。
「はるるん、あたしに近付かないでね。次は首閉められそうで怖いから」
「んなこと、するわけないでしょー」
「はるるんだよ。はるるんだよ‼?それを聞いて、まだそれは言えるわけ?」
「いや、美沙ちゃん。はるるんとしか言ってないんだけどーー」
「だって、はるるんじゃん!!」
「はるるんだから、っていう理由で説得しようとしても無駄だからねー」
「はるるんがはるるんで何が悪いの!はるるんははるるんであって、はるるんのせいで、はるるんチックだから仕方ない」
「うん。一回深呼吸しよっか」