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──『ある程度は決めとかなきゃいけねぇから、明日の放課後。保健室に来い』
その言葉を思い出して、足先を保健室に向ける。
「……あと、2ヶ月」
そう思うと、チクチクチクチク胸を刺される思いになるし、涙が出てきそうで嫌になる。
2ヶ月。60日。9週間。
そもそも、2ヶ月あるかどうか保証もない。
今でも、5秒後でも、可笑しくはない。
長いようで短いタイムリミット。
「…………クソ」
どうしようもなくて、髪の毛を握る。
あぁもう。こんなことしても、髪の毛が乱れるだけなのに。
───『あたしは、優季のこと大好きだよ』
美沙の言ってる“好き”と俺の思ってる“好き”は全然違う。
こんなにも好きなのに、届かない。
届かないんじゃない。届けたらいけないのだ。
「橋本くん?」
高いソプラノ声に、ハッとして我に返る。
ここ、学校なんだった。
こんなところで感情的になって、どうする。
「何かな?栗田さん」
「その、みーちゃんのことなんだけど」
クラスメイトは続々と帰っていく。
「美沙のこと?何か気になることでもある?」
彼女は、きっと薄々分かってたと思う。
美沙と一番仲良くしていた子だから。
「2年生のクラスの名簿見ても、みーちゃんの名前がなかったの。どういうことなの…ッ?」
やっぱり、気付いてた。
「そのまんまの意味だよ、栗田さん」
ふわりと作り笑いをした。
「そのまんま、…って、」
「そのまんまは、そのまんま。美沙は転校したんだよ」
彼女は目を見開かせ、“えっ”と小さく声を漏らした。
「私、何も聞いてない、……」
嘘だ、と言いたげな言葉。
「ごめん。本当なんだ。メール、してやって」
「うん、」
ポタリ、ポタリ。彼女の目から涙が落ちる。
俺もこんくらい素直に泣けたらいいのに。
掛ける言葉もなくて、彼女にまだ使っていないハンカチを渡して、教室の扉を開けた。
「橋本くん。それ、どーいうこと」
扉の先には、槻倉先輩と朝霧先輩。
「………何が、どういう事なんですか」
「転校ってヤツ」
盗み聞きとは趣味が悪い。
「あぁ。つーか、保健室に用があるんで、退いて貰えますか?」
あっさりと退いてくれた彼らは、きっとショックなのだろう。
掛ける言葉は彼らにもなく、俺は急いで保健室に向かったのだった。