彼女の隣に座ると、そこは少し温かさがあって、きっと誰かといたに違いない。
その誰か、なんて分からないけれど。
『さくら』
『志貴くん』
俺が彼女を呼べば、彼女は俺を呼ぶ。
『志貴くん』
『さくら』
彼女が俺を呼べば、俺は彼女を呼ぶ。
覚束ない俺と彼女の会話が終わりを告げたのは、この日から2日後だった。
アッサリと、終わった。
すぐに、終わった。
人はこうも、アッサリと居なくなってしまう。
春休みなのに制服に身を包んでいる俺は、彼女が写真の中で笑っている彼女ことが理解できないでいた。
本当にいなくなったのだろうか。
実は夢で、とか。実はドッキリで、とか。
現実を受け入れなくてはいけないのに、受け入れきれてなかった。
『槻倉くん』
声を掛けてきたのは、さくらの母。
彼女の顔は酷く窶れていた。
『ありがとね。きっと、あの子は槻倉くんがいて、幸せだったよ』
無理矢理笑って見せようとするさくらの母の姿がさくらに似てて、少し頬が濡れた。
『俺は絶対に、さくらのこと忘れません』
『さくらのためにありがとう。きっと、あの子も天国で喜んでるわ』
あの時、決意したのだ。
“絶対に、さくらのことを忘れない”
その戒めに、彼女が誕生日プレゼントにくれた桜の花びらのピアスを付ける。
そうすれば、きっと忘れない。
ちりん、ちりん。
彼女の好きだった鈴は彼女に返そう。
彼女に忘れられないために。
そうすれば、お互いに忘れない。
空を見上げれば、広がる青が目に入る。
手を伸ばしてみたが、青は掴めない。
桜の花は、まだ蕾だった。
─────あと、少しで桜が咲く。